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Tue, 19 March 2024

ポストEU時代の英国何が変わった? これからどうなる? ポストEU時代の英国

ポストEU時代の英国

2020年12月31日、ブレグジットに伴う移行期間が終了した。当初、同年6月までに交渉を進めるという予定が組まれていた離脱交渉は、英EU双方の姿勢の違いや新型コロナウイルスの流行が響き、延期や中止を繰り返した。一時は「合意なき離脱」の可能性も浮上したものの、同24日に駆け込み合意が成立。英国は27年ぶりに、EU法に従わない完全自立の地位を取り戻した。英国に住む日本人にとっても人ごとではないブレグジット。EU離脱の影響で、私たちを取り巻く環境には、どのような変化が起きていくのだろうか。今回は、2020年の離脱交渉の流れや重要な議題を中心に、ブレグジットの「これまで」をおさらいし、2021年から新たに変化するポイントを含めた「これから」の予想図を見ていこう。

(文: 小林恭子、英国ニュースダイジェスト・ドイツニュースダイジェスト編集部)
参考: 英国政府ホームページ、Jetro(日本貿易振興機構)、BBC、「Guardian」紙、Reuters、Deloitteほか


離脱の背景に歴史あり
そもそもなぜブレグジットに至ったのか

英国は1973年、単一市場への参加という主として経済的な理由から欧州連合(EU)の前身、欧州共同体(EC)に加盟。しかし、1993年にECがEUとして発展し、政治的統合への道を歩みだすと、国内ではEUへの懐疑感情が高まった。2004年、旧東欧諸国を中心とした10カ国が一挙にEUに加盟。英国内ではEUからの移民が増加し、国民は雇用、教育、公的サービスを含む生活面で圧迫感を抱くようになった。こうした国民感情を背景に、EUからの離脱を求める英国独立党(UKIP)が欧州議会で議席を増やし、強力な政治勢力として成長。保守党のEU懐疑派議員らからの圧力もあり、当時のデービッド・キャメロン首相は、EUからの離脱を問う国民投票の実施を決定した。2016年に行われた国民投票では僅差で離脱派が勝利し、2020年1月末、英国はEUから離脱した。

(文・小林恭子)

一筋縄ではいかなかった……
国民投票以降、離脱日を2度も延期!

2016年6月
EU離脱を問う国民投票実施、離脱派が勝利
2017年3月
テリーザ・メイ首相がEU条約第50条を発動、交渉期間の開始
2018年11月
英政府とEU間で離脱協定案と政治宣言案に合意
2019年3月
離脱協定案を英下院が否決
2019年4月
EU首脳会議開催、離脱日を10月31日まで延期
2019年7月
ボリス・ジョンソン首相就任、離脱に関する法案を見直し
2019年9月
離脱日を2021年1月31日まで延長する法案を可決
2019年10月
ジョンソン首相が離脱協定案を提示、離脱日延長

(英国ニュースダイジェスト編集部作成)

ポストEU時代の英国2020年 英EU間の離脱交渉を振り返る

2020年1月31日にブレグジット・デーを迎え、同年3月からはいよいよ本格的な離脱交渉が開始。しかし、新型コロナウイルスの影響も受け、交渉はことごとく中止や合意期限延長を余儀なくされた。ジョンソン首相率いる英国政府は、一方的な離脱協定ほご法案の提出など、からめ手を繰り出し、EU側は「国際法違反だ」と猛反発。交渉は双方が互いに譲らない膠着(こうちゃく)状態に陥った。世論をひやひやさせた一連の交渉が決着したのは12月24日。「クリスマス・ホリデーまでの合意を」という双方の意思に基づき、落とし所を見つける形での合意となった。ここでは、離脱交渉で特に重要視された議題について、交渉結果の概要を紹介する。また、2020年中から制度変更が進んでいる5つの分野に関しても、説明していこう。

離脱交渉の流れ

   協議会    意思決定期限    英国のアクション

2020
Jan
1月31日
英国のEU離脱
Feb
Mar 3月2〜5日
英EU合同協議会 第1ラウンド
→離脱交渉が本格的にスタート
Apr 4月20〜24日
第2ラウンド
→漁業権、公平な競争に関する交渉が難航
May 5月11〜15日
第3ラウンド
→目立った進展なし
Jun 6月2〜5日
第4ラウンド
→FTAに関する交渉が難航
  6月30日
移行期間延長の決定期限
→年末での移行期間終了が確定
  6月29日〜7月2日
第5ラウンド
→FTAの月内合意を断念
Jul 7月20〜23日
第6ラウンド
→双方歩み寄らず
Aug 8月18〜21日
第7ラウンド
→交渉姿勢の違いが際立つ
Sep 9月8〜10日
第8ラウンド
→協定ほご法案の影響で対立悪化
  9月9日
英政府、「離脱協定ほご法案」を下院に提出
  9月29日〜10月2日
第9ラウンド
→モノの貿易など一部で
交渉進展
Oct 10月15日
FTA交渉期限
→合意ならず 
年末の発効を目指す
  10月22〜28日
第1回再開後交渉
→漁業権、公平な競争条件(レベル・プレイング・フィールド)で解決に至らず
Nov 11月9日〜12月
第2回再開後交渉
→ほご法案の実質破棄、公平な競争条件など、一部歩み寄り
Dec 12月24日
英EUが交渉合意、
自由貿易協定(FTA)を締結
  12月31日
移行期間終了

結局どうなった? 離脱交渉の重要議題

(文・小林恭子)

ビジネスFTA締結により関税ゼロをキープ

英国とEUは自由貿易協定(FTA)を締結したため、モノの貿易は従来通り関税ゼロ、割り当てなしのルールが継続する。しかし、新たに通関業務が行われるようになったため、国境での流通が滞る可能性は懸念として残る。金融を含むサービス業については、英国はEU市場への自動的なアクセス権を失い、活動が制限されることに。医師や建築家をはじめとする英国の専門職資格は、これまでEU加盟国でも自動的に認可されてきたが、今年からはこの制度がなくなり、サービス提供のハードルが高くなった。

公平な競争条件独自の基準規程で合意

「公正な競争条件」(レベル・プレイング・フィールド)とは、英EU間で2019年に合意した「将来に関する政治宣言」の中で定められていた、公正で開かれた競争を実現するための条件を指す。今回の離脱交渉でEU側は、政府補助金、競争法、社会・雇用規制、環境基準、気候変動、租税の分野で英国がEUと共通の規則・基準の採用することを求めたが、最終的には譲歩。英国とEU両者が独自に規定することで合意した。また、公正な競争が阻害された場合は、両者が対抗措置を発動できるルールを盛り込むことでも合意に至った。

北アイルランド国境物理的な国境は設けず

EU加盟国であるアイルランド共和国と、英国領北アイルランド間での貿易や人の移動に関する取り決めでは、ほかの重要議題に先駆けて合意が成立した。「アイルランド/北アイルランド議定書」は、アイルランド共和国と北アイルランドの間に物理的な国境を設けない旨を規定。EU加盟国と北アイルランドの間での物品取引には、通関手続きや管理が適用されない方針が決まり、北アイルランドは実質的にEU単一市場に留まることとなった。今回の議定書の適用継続に関しては、4年後に北アイルランド議会が改めて議論・決定する予定だ。

英海域での漁業権英国側が大きく譲歩

これまでEUが管理していた英海域での漁業は、今年から英国による独自管理に戻った。従来はEUの共通漁業政策に基づき、EU加盟国も漁獲上限に達しない限りは英国の排他的経済水域(EEZ)で操業できていた。しかし今回の合意により、EU側は今後5年半で英海域での漁獲量を段階的に25%削減することが決定。5年半経過後は、毎年英国側と漁獲量を交渉する必要がある。また、英EU両者は漁業管理についての情報を共有し、漁業委員会を設置して話し合いの機会を持つことでも合意した。

最後の最後まで議論がもつれた英国領海での漁業権最後の最後まで議論がもつれた英国領海での漁業権

将来関係のガバナンス紛争発生時の対応方針を決定

英EU間において、将来発生する紛争の解決方法を定めることも、重要論点の一つとされた。離脱交渉の結果、紛争発生時にはまず当事者同士の交渉による解決を試み、解決しない場合は事案ごとに設置される独立裁定機関に判断をゆだねる旨の方針を決定。独立裁定機関は各案件に対し、160日以内に判断を下す必要がある。英EUのいずれか一方が独立裁定機関の判断に従わない場合は、貿易協定が停止される可能性もある。なお今年より、英国はEU司法裁判所の介入を受けない立場となった。

2020年から制度変更が始まった5分野

(文・小林恭子)

1 移民労働許可にポイント制を導入

2020年2月18日に発表された新移民制度が今年1月1日に施行され、EUとそれ以外の国の市民との区別がなくなった。新制度では複数項目から成るポイント制を導入し、合計70ポイント以上で労働許可の申請対象となる。また、科学や人文、デジタル・テクノロジーなどの分野で高いスキルを持つ人材を受け入れるため、内務省認定団体が承認した人物であれば求人がなくても労働許可が申請できる「グローバル・タレント」枠を導入。今夏までに英国の高等教育機関の学位を取得した留学生は、「卒業生ビザ」を取得すれば2年間の労働許可が得られる。

2 関税独自制度「英国グローバル・タリフ」を導入

英国は独自の関税制度である「英国グローバル・タリフ」(UKGT)を導入した。英国と自由貿易協定を結んでいる国からの輸入品、一般特恵関税制度の対象となっている国からの輸入品、一時的な免税措置の対象となっている輸入品などを除く、各種物品に対して適用する。UKGTの関税分類品目は計1万1830品目。全体の34%は従来の税率を維持、無税となる品目は27%から47%に増加した。具体的には、従来の関税が2%未満の物品、英国製造業による生産工程が入った物品、グリーン成長産業に貢献する製品などが無税対象となっている。

3 旅行EU加盟国への入国条件が変更に

2021年1月1日以降、英国パスポート保持者がEU加盟国に旅行する場合、パスポートの有効期間が最低半年以上残っていること、10年以内に発効されたものであることが必要になる。アイルランドへはこれまで通りに英国パスポートでの旅行が可能。英政府発行の欧州健康保険証はEU内で継続して使用可能だ。EU加盟国のほとんどに加え、スイス、アイスランド、リヒテンシュタイン内で英国の運転免許証が通用するが、一部の国では国際運転免許証が必要になる場合も。EU、アイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェーで英国の携帯電話を使う場合、ローミング料金がかかる。

空港での入国審査でも、英国市民とEU市民は別々に空港での入国審査でも、英国市民とEU市民は別々に

4 教育EUの留学制度が利用不可に

昨年末時点でEU加盟国に居住している英国籍の留学生は学業を継続できるが、教育受託機関に在留資格や学費変更の有無について再確認が必要。今年から留学する場合、教育受託機関や大学入試機関「UCAS」に要相談となる。EUの高等教育交流プログラム「エラスムス+」が利用不可になり、英国独自の留学資金援助策「チューリング・スキーム」が開始される。昨年末以前から英国に居住するEU加盟国、アイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェー、スイス国籍の学生は「EUセトルメント・スキーム」に申請し、在留資格を得る必要がある。

5 貿易EU以外の国・地域と協定発効

EU加盟時は、70カ国以上と約40の貿易協定を締結していた英国。今年1月からは60の国・地域(1月13日現在)との貿易協定が発効した。競争力低下を懸念した英国は、EU外の主要国との貿易促進を狙い、昨年10月には日本と日英包括的経済連携協定(日英EPA)を締結。工業製品の関税を撤廃、日本ワインの英国への輸入規制を撤廃するなどした。女性労働者や事業経営者の能力向上に関する活動でも協力する。2019年の日英貿易総額は316億ポンド(約4兆4368億円)、英国の貿易総額の2%を占める。英国政府は、日英EPAが長期的には英国のGDPを0.07%上昇させると予想した。

さらばEU! 2021年、英国の未来はいかに?

2020年12月24日、離脱交渉合意の連絡を受け喜ぶジョンソン首相2020年12月24日、離脱交渉合意の連絡を受け喜ぶジョンソン首相

合意は火種含み。取り戻した「主権」で何をするかが課題に

今年1月1日から、英国と欧州連合(EU)の関係は大きく変わった。

英国はEUとの自由貿易協定(FTA)を成立させ、EU非加盟国でありながらモノの貿易には関税がかからず、数量制限も課されない独自の立場を獲得した。また、EU司法裁判所の管轄には入らない方針を死守し、EU単一市場から抜け出したことで、離脱志向を加速化させる一因となったEU移民の無制限流入にも歯止めをかけた。ボリス・ジョンソン首相が繰り返した「英国を国民の手に取り戻そう」というスローガンをひとまずは実現させた形と言えよう。取り戻した「主権」で何をどうするのか。ジョンソン政権は未来図を描く必要に迫られている。

一方、失ったものも少なくない。金融、建築業、会計などのサービスを提供する企業はEU市場に自動的にアクセスする権利を失った。安全保障にかかわるEUのデータへの自動アクセスもできなくなった。また、FTAは締結されたものの、検疫や原産地証明の確認といった税関手続きが新たに必要となるため、物流に一定の混乱が出ることも予想される。今後、細かな点は随時アップデートされていくが、EU加盟国と同等の扱いになるかどうかは不透明だ。

離脱はスコットランド地方の独立機運を高めるとも言われている。EU離脱を問うた2016年の国民投票で離脱票が残留票を上回ったのはイングランド地方のみ。スコットランド、ウェールズ、北アイルランド地方では残留派が勝利した。北アイルランドでもアイルランド共和国との統一を求める声が強まりそうだ。

政治統合の深化に向かうEUに背を向けた英国。その代わり、米国や英連邦諸国、日本を含むアジア各国と関係を深める方向に向かうという見方が強い。日英包括的経済連携協定(日英EPA)はその一歩ともいえる。

英国がジョンソン政権の宣言どおりこれまで以上に繁栄していけるのか、ここからの動きに引き続き要注目だ。

(文・小林恭子)

EU加盟国はブレグジットをどう見たか

EU諸国では、ブレグジットをどのように受け入れたのだろうか。実は、新型コロナウイルスの感染拡大でそれどころではなかった、というのがEU市民の本音かもしれない。それでもFTAの合意期限が迫るにつれて、EU離脱関連のニュースが各国紙面のトップ・ニュースに上がるようになった。

EU加盟国はブレグジットをどう見たか

EUのリーダー的存在ドイツとフランスの反応

独「ハンデルスブラット」紙の報道によると、12月までEU議長国を務めたドイツはウルズラ・フォンデアライエン欧州委員長と非常に密接な関係にあり、フランスの協力も得て、12月24日にFTA合意を導いた。アンゲラ・メルケル首相は声明のなかで、この合意を「歴史的に重要」として歓迎の意を表明。締結内容は結果的にEU、とりわけ輸出経済に強いドイツにとって有利となり、特に自動車業界がいち早くこの合意を祝福したのは偶然ではないという。またドイツは親EU派が多く、「シュピーゲル」紙(オンライン)の政治部編集者ケヴィン・ハーゲン氏は、「歴史的な誤りにして自己破壊行為」などとブレグジットを痛烈に批判している。

一方のフランスでは、漁業権をめぐる交渉が最も注目を集めていた。英海域には豊かな漁場があり、フランスやオランダなどの漁業関係者にとっては死活問題だ。2022年に再選を狙うエマニュエル・マクロン大統領は、10月に行われたEU首脳会議の前に「漁師たちをブレクジットの犠牲にすることはできない」と表明。良い条件で合意することができなければ、譲歩せず承認を拒否するとみられていた。その後、ジョンソン首相は交渉決裂を回避するため、土壇場でEUに大幅譲歩。EUの漁業者は今回の合意に胸をなで下ろした。マクロン大統領は大晦日のTV演説で、フランスは今後も英国との協調関係を重要視しつつ、欧州と共に歩むことを明言した。

さらなる離脱国は現れるのか?

ほかのEU加盟国もこの合意を「欧州の力」の表れであるとして歓迎。イタリアのジュゼッペ・コンテ首相は、英国は引き続き主要なパートナーであり同盟国であると述べた。また長い間論争の的となっていた、北アイルランドの国境管理について、アイルランドのミホル・マーティン首相は、お互いに良い妥協点を見つけられたと好意的に受け取っている。

一方で、英国に次いでEUを離脱する国が現れるのではないかという危惧もある。例えば、ポーランドやハンガリーでは近年、強権的な政権の下で司法などの独立が脅かされている。EUは、経済回復のためのコロナ復興基金を設立し、その分配条件として権力の乱用を法で縛る「法の支配」の順守を加盟国に求めていたが、上記二国は反発。一時は年内の予算成立もあやぶまれたが、最終的には合意に応じた。

英国のEU離脱という重要課題に終止符が打たれ、EU諸国もまた束の間の安堵を得ているかもしれない。しかし、新型コロナウイルス対策や経済復興策などの立ちはだかる大きな壁に、連帯を強めることができるのか、あるいは分断が進んでしまうのか。EUとしての結束力が、引き続き問われている。

(文・ドイツニュースダイジェスト編集部)
参考:Handelsblatt「Deutschland hat seine Ziele erreicht – mit Pragmatismus und Hartnäckigkeit」、tagesschau.de「Merkel nennt Einigung "historisch"」、Der Spiegel「Warum wir uns niemals an den Brexit gewöhnen dürfen」、France TV3「Brexit & pêche. 25% de perte d'activité pour l'Europe: quelles aides pour les pêcheurs et mareyeurs bretons?」、Deutsche Welle「EU-Rechtsstaatsstreit: Polen und Ungarn erklären sich zu Siegern」

 

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