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Thu, 28 March 2024

メディア王マードックと英国の重鎮たち  英国の「影の支配者」をめぐる相関図付き

タブロイド紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド(NOTW)」の
盗聴疑惑の話題で持ちきりの英国メディアでは、
最近盛んに「ルパート・マードック」の名が取り沙汰されている。
ビジネスと生活の拠点を米国に置く、英国人にとってはいわば一介の外国人に過ぎない
企業家の存在が、英国内でこれほどの騒ぎを起こすのは一体なぜなのか。
その相関図を眺めると、彼が誇る英国内での巨大な影響力の実態が垣間見えてくる。


政府関係
ビンス・ケーブル
ビジネス・改革・技術相

ケーブルニューズ社によるBスカイBの買収計画案に否定的と言われている。今年1月には、覆面記者に対して「マードックに宣戦布告する」と発言。この発言が問題となり、現在では同案に関する政府の対応に関与することが禁じられている。
  ジェレミー・ハント
文化・オリンピック・メディア・スポーツ相

ハントニューズ社によるBスカイBの買収計画の是非を判断する立場にある。今年3月には、メディア・通信業界の監督機関より提出されていた「(日本の公正取引委員会に相当する)競争委員会に付託すべき」との勧告に従わずに、同案を承認する考えを表明していた。
内閣のメンバー
デービッド・キャメロン首相
キャメロンNOTW紙の元編集長であるコールソン氏を、周囲の猛反対を押し切って首相報道官として雇用。またケーブル・ビジネス相による問題発言の直後に、マードック氏の息子であるジェームズ・マードック氏と食事をともにしていたことが判明している。
元上司・元部下 アンディ・コールソン
2003〜07年までNOTW紙の編集長を務める。同紙の記者が盗聴取材を行っていたことが発覚し、この責任を取って辞任。その直後に首相報道官となるが、やがて盗聴取材が組織的なものであったとの疑いが強くなったために、今年1月に同職を辞任した。
内閣のメンバー
マードックルパート・マードック
オーストラリア系米国人。世界的なメディア・コングロマリット企業ニューズ・コーポレーションの会長兼最高経営責任者。その影響力の大きさから、「メディア王」と呼ばれる。80歳。

ニューズ・ コーポレーション
マードック氏が保有する持ち株会社。傘下に英国の現地法人「ニューズ・インターナショナル(以下ニューズ社)」を抱え、同会長をマードック氏の次男ジェームズ氏、最高経営責任者を元NOTW紙編集長のレベッカ・ブルックス氏が務める。
持ち株会社
米国
● 20世紀フォックス(映画)
● ニューヨーク・ポスト(新聞)
● ウォールストリート・ジャーナル(新聞)
● ダウ・ジョーンズ(出版社)
● MySpace(ソーシャル・ネットワーク・サイト)
 
その他
オーストラリア、ブルガリア、インドネシア、ルーマニア、トルコ、グルジアに拠点を置くメディアを保有
     
英国

テレビ

ITV
ITV英国最大かつ最古の民放テレビ局。人気オーディション番組「The X Factor」やクイズ番組「Who Wants to Be a Millionaire?」、「UEFAチャンピオンズ・リーグ」のサッカー中継などの人気コンテンツを持つ。BスカイBが7.5%の株式を保有。
BスカイB
BskyB正式名称を「ブリティッシュ・スカイ・ブロードキャスティング」とする衛星放送局。英国最大の同サービス加入者1000万人を誇る。ニューズ社が現在39%の株式を保有し、残る61%を取得して完全子会社化することを要望している。
写真)マードック氏によるBスカイB買収反対運動を行う人々

出版 ハーパーコリンズThe Dangerous Book for Boys
19世紀前半にスコットランドの聖職者たちが創設したコリンズ社と、同時期に米国で設立されたハーパー社を起源とする出版社。1987年にマードック氏がハーパー社を買収。続いて89年にコリンズ社を買収後、両社が合併してハーパー・コリンズ社となった。
写真)ハーパー・コリンズが出版するベストセラーの一つ「The Dangerous Book for Boys」

新聞

「タイムズ」紙
The Times 1785年に創刊という長い歴史を持つ英国の日刊高級紙。保守党支持を明確に打ち出す。戦争報道のために外国特派員を送った世界初の新聞社と言われている。また日本生まれの数字パズル「Sudoku」を英国に広めたのも同紙。2010年からはオンライン版の有料化に踏み切るなど、長い伝統を持ちながらも、常に先手を打って英国の新聞業界を牽引する存在となっている。海外の読者も多い。
「サンデー・タイムズ」紙
The Sunday Times「タイムズ」紙の姉妹紙となる日曜紙。同紙と同様に保守的な論調を打ち出す。発行部数は、「オブザーバー」紙などのライバル3紙の総計とほぼ同じとなる約130万部。7月11日には、ブラウン前首相の個人情報を不正に入手していたとの疑惑が報じられた。質の高い調査報道や、英国の高所得者番付に相当する別冊「Rich List」などが高い人気を集める。1981年にマードック氏が買収した。
   
「サン」紙
The Sun日刊紙としては英国内最大の280万部の発行部数を誇る大衆紙。芸能人のゴシップから硬派な政治ネタまであらゆる内容のスクープを得意とする。3面には「ページ・スリー・ガール」との称号を持つ女性のヌードを掲載。1963年に創刊。マードック氏によって69年に買収された。現在は月から土まで毎日発行の日刊紙だが、NOTW紙に代わり、日曜版が創刊されるとの憶測が流れている。
  「ニューズ・オブ・ザ・ ワールド(NOTW)」紙
News of the World度続く不祥事を受けて、7月10日発刊号を持って廃刊に追い込まれた日曜紙。過去に、サッカーの元イングランド代表主将デービッド・ベッカムの不倫現場の写真や、イラク市民を英兵が虐待するビデオ映像を公開するなどのスクープを出している。英国内の著名人及び一般市民を含む数千人の電話を盗聴していたとの実態が少しずつ明るみになってきた。1843年創刊。マードック氏によって1969年に買収された。
敵対関係 盗聴 情報・賄賂
ライアン・ギグス
ライアン・ギグスサッカー選手。マンチェスター・ユナイテッド所属。自身の不倫疑惑に関して、報道を差し止め、さらに差し止めが出された事実を公表することも禁じる「超差し止め」を請求して話題に。盗聴の被害に遭ったとして、NOTW紙を相手取って訴訟を起こしている。
ギグスと大衆紙をめぐる相関図
警察
取材活動に協力した警察官らに対して、「情報提供料」の名目にて、NOTW紙が謝礼金を払っていた可能性が報じられている。ロンドン東部ウォッピングにある同オフィス近くのマクドナルドで現金の受け渡しを行っていた疑い。
盗聴された人物

ジョンソン市長ボリス・ジョンソン
ロンドン市長

2006年にNOTW紙による盗聴の対象であるとして警察から警告を受けるも、「労働党議員たちによるでっち上げ」として取り合わず。
  シエナ・ミラーシエナ・ミラー
NOTW紙が携帯電話を盗聴していたことを認め、謝罪。慰謝料や訴訟費用として10万ポンド(約1300万円)を支払うことを約束した。
     
クリス・タラントクリス・タラント
ITV系で放映の人気クイズ番組「Who Wants to Be a Millionaire?」の司会者。2005年に不倫問題が発覚し、10年以上連れ添った妻との離婚に至っている。
  ジュード・ロージュード・ロウ
2003〜06年頃までシエナ・ミラーと交際。05年には、ロウが、自身の子供の面倒を看ていたベビーシッターと浮気していたとのニュースが話題となった。
     
ヘザー・ミルズへザー・ミルズ
元ビートルズ、ポール・マッカートニーの元妻。2006年に同氏と離婚。英国内では当時史上最高額とされた2400万ポンド(約31億円)の慰謝料を受け取っている。
  ウィリアム王子ウィリアム王子
2005年11月に、ウィリアム王子が膝を怪我したとのニュースがNOTW紙に掲載されたことで王室が盗聴の疑いを持つ。後に盗聴の事実を警察が確認。
     
ジョン・プレスコット
元労働党議員

ジョン・プレスコット NOTW紙による盗聴の被害者の一人であり、同疑惑の真相解明を訴える急先鋒。2006年には、秘書との不倫関係が報じられている。
  ヘンリー王子ヘンリー王子
ウィリアム王子と同じく盗聴の対象に。2005年には、ナチス親衛隊の服を着て変装パーティーに参加する同王子の姿を「サン」紙が捉えて一大ニュースとなった。
     
ロンドン同時多発
テロ被害者の家族

ロンドン同時多発テロの被害者の遺族も盗聴の被害に。警察からNOTW紙へと、携帯電話番号などの個人情報が流れた疑いがある。
  戦死した英兵の家族
イラクやアフガニスタンで戦死を遂げた英兵の遺族も盗聴の対象とされていたとの疑いが7月に発覚。大手広告主たちがNOTW紙への広告掲載中止を開始した。
     
ミリー・ドウラーさん
NOTW紙が依頼した私立探偵が、2002年に誘拐され、その約半年後に遺体となって発見された当時13歳のミリー・ドウラーさんの携帯電話を盗聴。この探偵は、留守番電話の新規メッセージが入ってくるようにするために、古いメッセージを削除するなどの行為を働いていたとされている。

マードックは英国の「影の支配者」か。

NOTW紙が廃刊に追い込まれた理由

組織的な盗聴そして警察に賄賂を提供していた疑惑が発覚した「ニューズ・オブ・ザ・ワールド(NOTW)」紙は、7月10日の発刊号を持って廃刊となった。ただNOTW紙が、スクープを得るために私立探偵を雇って有名人たちに盗聴を仕掛けていたことは、半ば公然の秘密として長らく知られていた。また警察と新聞社の密接な関係が報じられることも珍しいことではない。では、創刊から168年という長い歴史を誇るNOTW紙が突如として廃刊に追い込まれ、また米国人企業家マードック氏の名が英国でこれほど取り沙汰されるのはなぜか。

社会的弱者までもが盗聴被害に

第一に、一般人、それも誘拐事件や無差別テロ事件の被害者といった社会的弱者が盗聴の対象になっていたと判明したことが挙げられる。これまでは「良き家庭人」とのイメージとは裏腹に不倫関係を結ぶサッカー選手や、王室関係者とのつながりを利用して汚職に手を染める企業家の正体を暴くためであれば、盗聴という犯罪または非倫理的な行為をも許容するような社会的風潮が英国内にはあった。

しかし、社会事件の被害者の家族までもが盗聴されていたことが発覚したことで、世論の風向きが変わった。その変化を察知した広告主たちは、NOTW紙から撤退。またNOTW紙の親会社ニューズ社が39%の株を持つ衛星放送局BスカイBの市場価格は一気に下落した。

ニューズ社の独占支配に危機感

BスカイBは、NOTW紙が稼ぎ出す額の実に100倍に相当する年間10億ポンド(約1300億円)の収益があると言われている。ニューズ社は、目下、BスカイB株の残り61%を取得し、完全子会社化することを計画中。この買収案をめぐっては、同社のメディア独占に拍車を賭けるとして、英国内では早くから警鐘が鳴らされていた。ニューズ社は現在、日刊紙としては国内最大発行部数を誇る「サン」紙に加えて、高級紙では「タイムズ」紙と「サンデー・タイムズ」紙を保有している。世論へ与える影響力の大きさを指して、「ニューズ社が次の政権を作る」とやゆされたことさえあった。

このため、政界の要人たちは、同社との良好な関係を築こうと努めることになる。キャメロン首相は、盗聴疑惑で辞任したNOTW紙のコールソン元編集長を首相報道官に抜擢。ブレア元首相に至っては、イラク戦争の開戦直前に数度にわたりマードック氏と電話会談を行っていたと報じられている。

これらの事実から、2005年頃からNOTW紙が組織的な盗聴を行っているとの憶測が絶えず流れていたにも関わらず、警察や司法による捜査が芳しい成果を出せなかった背景には、権力者たちまでもが隠蔽工作に関わっていたとの見方も出ている。NOTW紙の記者たちが警察に賄賂を渡していたとのニュースは、こうした見立てをより強固にした。マードック氏に対して危機感を募らせる者たちは彼を英国内のメディアだけでなく、立法・行政・司法までをも牛耳る影の支配者として見ているのである。

マードックをめぐる相関図

 

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