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Tue, 19 March 2024

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

オズボーン前財務相が新聞の編集長に驚きの大抜擢

「これはフェイク・ニュース?」一瞬、そんな思いにかられるニュースが耳に飛び込んできたのは3月中旬でした。2016年7月まで財務相だったジョージ・オズボーン氏が、来月からロンドンの夕刊紙「ロンドン・イブニング・スタンダード」の編集長に就任するというではないですか。度肝を抜くような抜擢です。

しかし、偽ニュースではありませんでした。オズボーン氏自身がBBCのインタビューに応じ、編集長就任に「ワクワクしている」と語りました。スタンダード紙を所有するESI メディアのトップ、エフゲニー・レべデフ氏によると、「ロンドンで生まれ育ったオズボーン氏は(ロンドンの夕刊紙の)編集長職に最適」だそうです。

でも、与党・保守党の現役政治家がロンドンの大手紙の編集長になることで、新聞の編集の独立性はどうなるのでしょう。ニュース・サイト「プレスガゼット」は利害の対立の可能性を指摘しています(3月17日付)。「保守党の選挙費用スキャンダルを報じることができるのか?」、と。更に、そもそもオズボーン氏はジャーナリストとしての経験がなく、「ニュースのセンス、紙面の設計、見出しを判断できるだろうか」と疑問を投げ掛けています。新聞の編集長の仕事には新聞を作るだけでなく、編集スタッフを一つにまとめ、原石状態の若手記者の才能を発掘することも入ります。ガゼットは前財務相が初歩的なレベルで「何をするべきかを分かっているのか」と厳しく問い詰めているのです。

ジャーナリズムの独立性や編集業務の知識や才覚があるかどうか以上に問題視されたのが、複数の仕事を掛け持ちすることの是非でした。オズボーン氏は世界最大の資産管理会社ブラックロックの上級顧問の仕事も引き受けています。月に4日出勤するだけで、約65万ポンド(約8900万円)の年棒だそうです。下院議員の報酬(7万5000ポンド)、スタンダード紙の編集長職(約20万ポンドと噂されている)、ブラックロックからの報酬や講演料などを合わせると巨額の収入を手にすることになります。

また、夕刊紙の締め切りは午前11時ですが、オズボーン氏は朝5時から昼の12時までスタンダード紙で働き、午後は選挙区となるイングランド北西部タットンの議員として職を全うすると説明していますが、「片手間にやっている」という印象を持たれてしまうと、有権者の信頼を損ねてしまいかねません。

さらに、オズボーン氏が財務相時代に力を入れていたのが「ノーザン・パワーハウス」と呼ばれるイングランド北部の経済振興策です。昨年7月、メイ政権の発足時に閣僚のポストがもらえず平議員に戻りましたが、新政権でも経済振興策が続くよう訴えてきました。9月にはノーザン・パワーハウスのプロジェクト続行のためシンクタンクを発足させています。「北の顔」になるはずだったオズボーン氏は「ロンドンの顔」になってしまいそうです。

野党・労働党は、オズボーン氏が前閣僚や高級官僚らが新たな仕事に就く際に利害の対立がないかどうかを確認する「商用任命諮問委員会」(ACOBA)への届け出がなかったことで閣僚規範に違反したと主張しています。一部の議員はオズボーン氏に議員職を辞任するよう求め、ウェブサイトを通じての市民からの辞任要求の署名が19万も集まりました。

ただ、政治家がジャーナリストも兼ねる例はオズボーン氏が初めてではありません。ボリス・ジョンソン外相は政治週刊誌「スペクテーター」の元編集長で現在も新聞にコラムを書き続けています。

それでも、ロンドンの唯一の夕刊紙で、配布数(無料紙のため販売数ではない)が90万部にも上る新聞の編集長職は社会的に大きな存在で、問題視されたのも無理はありません。 メイ首相に財務相の職を「解任」された格好となったオズボーン氏はメイ打倒を狙っているという見方もあります。スタンダード紙が政権批判でいっぱいになるのかどうか、紙面構成がどのように変わるのか、注目ですね。

 
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