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Tue, 28 March 2017

知って楽しい建築ウンチク
藍谷鋼一郎

ポストモダン建築

それまでの装飾的で重厚な西洋建築とは一線を画していた近代建築が円熟期に入った20世紀後半、時代は建築に新しい流れを求めるようになる。そこでシンプルで禁欲的な近代建築への批判を込めた「ポストモダン建築」が生まれ、ルネサンス様式のような古典的なモチーフが再び建築史の表舞台に登場した。

モダニズムの崩壊

重厚で装飾的な西洋建築に一石を投じたモダニズム。当時は革命的であったこの近代建築も、時代の流れの中でその活力を失っていく。新しい素材の鉄やガラス、コンクリートを駆使した新しい造形は、徐々に世間から飽きられてしまったのだ。確かにモダニズム建築は数々の名作を生み出し、造形面でも新時代を予感させるほどの強い痕跡を残してはいるが、その一方で、工業化により建物の大量生産が可能になり、無機質な建築物が世界中に蔓延。特に「インターナショナル・スタイル」と呼ばれる近代建築の一翼は驚異的なスピードで各国に広がり、曲解されたモダニズムは街なみ全体を退屈なものへと変貌させた。

「母の家」ロバート・ベンチューリ
ポストモダニズムにおける多様性と対立性を表現した
「母の家」(ロバート・ベンチューリ、米国)

そこで脚光を浴びたのが、「ポストモダン」という建築様式だ。この時期、陸(ろく)屋根と呼ばれる平らな屋根に対抗して、再び三角屋根の建築が重宝され始める。さらにはルネサンス様式と同じように、ギリシャ建築やローマ建築といった古典建築のエレメントが取り入れられた。建築技術が発達したおかげで造形の自由度はかなり高く、単にエレメントを建築化するだけではなく、「エレメント自体が建築物になる」という無謀とも言える建築まで出現した。例えば、ギリシャ建築の柱がそのまま1つの建物になるという具合だ。そして近代建築への批判は、折衷主義や表現主義を唱える声と共に高まり、脱近代・反近代の流れが一気に加速した。

ポストモダニズムの寵児

旧AT&Tビル, フィリップ・ジョンソン
三角の屋根を強調した旧AT&Tビル(フィリップ・ジョンソン、米国)

ポストモダニズムを代表する建築家といえば、米国のロバート・ベンチューリが挙げられる。「母の家」と呼ばれるフィラデルフィア郊外にある住宅は、モダニズムでは禁じ手とされた三角の切り妻屋根が強調されている、ベンチューリの代表作だ。そして、日本でも大いに持てはやされた米国人建築家のマイケル・グレイブスは、自他共に認める「ポストモダンの神様」的存在だ。ほかには、近代建築からポストモダンに傾倒していった米国人建築家フィリップ・ジョンソンなど、例を挙げれば切りがない。ジョンソンが設計したニューヨーク・マンハッタンにある旧AT&Tビルは、超高層ビルの先端に三角屋根を載せて世間を驚かせた。

ポストモダン建築
ビル群の中でもひときわ異彩を放つナンバー・ワン・ポウルトリー
(ジェームス・スターリング、英国)

英国では、栄誉ある建築賞「スターリング賞」の名の由来でもあるジェームス・スターリング卿が晩年、ポストモダンに傾倒している。ロンドンの金融街(シティ)に立つ、ひときわ特徴的なビル「ナンバー・ワン・ポウルトリー」は、スターリン流ポストモダンの代表作である。ほとんどの建築家はギリシャやローマの古典建築を学んだ経験があり、その核となるデザインをバックボーンのどこかに隠し持っている。だからこそ、ポストモダン建築は著名な建築家たちをそれまでのスタイルから転換させるほどの魅力があったのだろう。

 
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藍谷鋼一郎:九州大学大学院特任准教授、建築家。1968年徳島県生まれ。九州大学卒、バージニア工科大学大学院修了。ボストンのTDG, Skidmore, Owings & Merrill, LLP(SOM)のサンフランシスコ事務所及びロンドン事務所で勤務後、13年ぶりに日本に帰国。写真撮影を趣味とし、世界中の街や建築物を記録し、新聞・雑誌に寄稿している。
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