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Sun, 30 April 2017

知って楽しい建築ウンチク
藍谷鋼一郎

現代建築 ~ハイテク建築編~

革命的な進化を遂げたモダニズム建築から、一過性の流行に終わったポスト・モダン建築へ。その後、時代は現代建築へと移っていく。これまで以上にスタイルが多様化し、一言で「これが現代」と限定できる特徴はないが、こと英国に関しては、一躍、世界を牽引することとなった「ハイテク建築」を挙げることができる。

ハイテク建築までの流れ

産業革命後、「鉄」という新しい建築材料の出現により発展した近代建築。近代建築では鉄とガラス、コンクリートという新しい素材を駆使することにより、それ以前の建築とは全く異なるスタイルが確立された。しかし工業化の波にもまれ、単なる「四角い箱」である建物が世界中に繁殖。結果的にモダニズムは焦点を失い、建築界での主役の座をポスト・モダン、すなわち古典懐古主義に明け渡してしまう。しかし、一過性の懐古趣味であったポスト・モダンは長くは続かず、各国の建築家たちはこぞって次の様式を模索し始めた。そんな混沌とした時代にあって、ガラスや鉄を巧みにデザインした、シャープで機械的な建築が出現する。これこそが「ハイテク建築」である。

ミレニアム・ドームとロンドン市庁舎
(左) ロジャース卿が設計したミレニアム・ドーム(現「The O2」)
(右) フォスター卿が手掛けたロンドン市庁舎

ハイテク建築の御三家

ハイテク建築の御三家といえば、真っ先にリチャード・ロジャース卿とノーマン・フォスター卿が挙げられる。両雄とも、70歳を超えた現在もなお、英国建築界を代表する2大スターとして活躍している。そして3人目は、イタリア人建築家のレンゾ・ピアノ。この3人は互いに密接な関わりを持っていて、ロジャース卿とフォスター卿は米国イェール大学にて学んだ後、「チーム4」という設計事務所を共同で設立。その後、ロジャースはピアノとチームを組み、パリ・ポンピドゥー・センター建設の国際コンペを勝ち取った。やがて3人は各々の設計事務所を開設し、独自の建築スタイルを確立していくこととなる。

「チャンネル4」の本社ビルとパリのポンピドゥー・センター
(左) 「チャンネル4」の本社ビルも、ロジャース卿の手による
(右) ロジャース卿とピアノの協同作であるパリのポンピドゥー・センター

英国ハイテク建築の総本山

ポストモダン建築
金融街一の存在感を持つ
ロイズ・オブ・ロンドン

ハイテク建築の総本山はと言うと、金融街シティーにそびえるロジャース卿の代表作「ロイズ・オブ・ロンドン」が挙げられる。通常の内部空間と外部空間を逆転させたかのような外観は、世界に強烈なインパクトを与え、配管スペースやエレベーターなどが外部に剥き出しになった様は、「瀟洒な金融街に石油コンビナートが出現した」と揶揄されることもあったほどだ。また、ロイズ・オブ・ロンドンと並ぶ同氏の代表作である、ピアノとの協同作「ポンピドゥー・センター」はフランス国民を敵に回す勢いで物議を醸し、また、手ひどく酷評された。しかし、今となってはエッフェル塔に続くパリの名所となっているのだから、真に「新しい」ものというのは、その斬新さ故に、人々に凄まじい拒絶反応を起こさせるのだろうか。

一方、ノーマン・フォスター卿は、「ガーキン」のニックネームで知られる「旧スイス・リー・ビル」の設計者である。香港島に建つ、あたかも吊り橋のような独特の美しさを奏でる名作、香港上海銀行本社ビルのほか、スタンステッド空港やロンドン市庁舎など、同氏の力作はロンドンにも多数点在している。

 
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藍谷鋼一郎:九州大学大学院特任准教授、建築家。1968年徳島県生まれ。九州大学卒、バージニア工科大学大学院修了。ボストンのTDG, Skidmore, Owings & Merrill, LLP(SOM)のサンフランシスコ事務所及びロンドン事務所で勤務後、13年ぶりに日本に帰国。写真撮影を趣味とし、世界中の街や建築物を記録し、新聞・雑誌に寄稿している。
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