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Tue, 26 March 2019

Life at the Royal Ballet バレエの細道 - 蔵 健太

第25回 人生の転機

24 May 2012 vol.1353

「人には誰にも人生の転機が訪れる」と言われるが、自分がバレエ・ダンサーになろうと考えたのは、中学校2年生のときだった。

小学生のころからバレエを始め、最初の数年は皆と音楽に合わせて踊ることだけが楽しかったのだが、年齢を重ねるごとにバレエの難しさを覚えていく。中学生になるころには、 バレエの基礎となるステップを覚えなければならない。基本だけで数百個、コンビネーションを合わせるとその数は数千を超える。回転技やジャンプのテクニックなども学ぶため、その過酷さに音を上げる人も少なくない。

体ができ上がってくるにつれ、周りとの実力の差も出始める。発表会でも、踊りの上手な子にはソロの役がつき、コンクールに出場できたりと次第に競争が生まれ、いつしかバレエを楽しく踊るよりも、上手に踊らなければいけないという気持ちが勝ってくる。中学校に入るころには、このままバレエを続けて本当に良いのか、分からなくなっていた。

中学2年時、学校での進路相談のときの話。

「お前は将来、バレエがしたいんだろ」と聞いてくる担任に、「バレエで本当に上手くいくか分からない」と俺。北海道の田舎で暮らす自分には、プロになるきっかけすらつかめない状況なのだと説明し、その場は解散。その後、もやもやした気持ちのままお稽古場に行き、自分の気持ちをバレエの先生に話した。

お稽古場の創立者であり元バレリーナの内山玲子先生は、そんな自分の気持ちを真っ直ぐに受け止めてくれた。「世界に行きたいんだけど、どうしたらいいかな」と聞いたら、真顔で「バレエが上手になればいいんじゃない」と言う。「そんなこと分かってるよ。どうすれば上手になれると思う?」と続けて尋ねたら、今度は「自分を知りなさい」と返ってきた。

「健太は自分に対しての勉強が足りない。自分がこうなりたい、こうあるべきというイメージが作られていない。自分の踊りを知り、その踊りを高めることから始めなければ」と 淡々と話す。強いオーラを身にまとう先生に言われると、自分が何でもできるような気になる。「俺は自分が知りたい」と頼み込んだ。

 先生は、「まずは目を養うこと、良いものをたくさん見るようにしなさい」と、クラシック音楽やバレエのコンサート、美術館に連れて行ってくれた。「良いものに触れることで、人は良いものと悪いものが判断できるようになる」が先生の口癖だった。

旭川の稽古場で
中学3年時、旭川の稽古場で。
内山先生とポーズをチェックするために撮った一枚

「美のイメージは自分がしっかりしていないと作れない」「自分のことが大好きになれる人間になりなさい」「自分が大好きなものは、いつでも胸を張って大好きだと言える人間でいなさい」という言葉を受けて、いつしか自分探しをすることに夢中になっていた。

やがて次の大会に向け、稽古が始まった。過去のビデオを観ながら、長所、短所を先生と話し合う。先生は、ほかの生徒が帰っても、自分のためだけにお稽古場を夜遅くまで開け てくれた。一人きりでソロの練習をすることも多かった。気が付けば次の大会で5位入賞、全国大会では3位になった。勝ち上がるとともに、先生と一緒に笑う機会が増えることが、何よりの喜びだった。優勝したって「おめでとう」なんて1回も言ってくれなかったけれど、「今日の踊りは健太らしかった」と言われることが最高の褒め言葉だった。

自分にとって人生の転機とは、内山先生との出会いだった。今でもバレエを踊ることは自分探しの修行だと思い、舞台に立つ。もう先生はこの世にはいないけれど、自分を見失いそうなときはいつも、先生のことを考える。

これからも、自分の気持ちには嘘をつかないようにしていきたい。「俺はバレエが大好きだ」って、堂々と舞台に立っていたいから

 
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蔵 健太
1978年8月2日生まれ。北海道旭川出身。95年にローザンヌ国際コンクールに出場し、スカラーシップ賞を受賞。ロイヤル・バレエ学校で2年間学んだ後、97年にロイヤル・バレエ団に入団する。現在、ソリスト。http://kentakura.exblog.jp
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「Alice's Adventures in Wonderland」3月15日~4月13日(フロッグ役)
(予定は突如変更になる場合があります)
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