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Mon, 21 October 2019

イアン・ダンカン・スミス議員 インタビュー

これまで約10年間にわたって労働党政権を率いてきたブレア首相が1年以内に辞任する意思を昨年9月に表明して以来、英国の政治情勢が大きく変わろうとしている。後に英国政治史の過渡期と記されるであろうこの時期に本誌との単独インタビューに応じてくれたのが、かつてブレア首相のライバルとして君臨したイアン・ダンカン・スミス元保守党党首。実は日本人の祖先を持つという意外な過去を持つ同議員に、ブレア政権の功罪から保守党の展望、そして日英外交の比較まで国会議事堂内の議員室で話を聞いた。(取材・文: 長野 雅俊、写真: 赤塚 麻衣子)


「ビッグ・ベン」の愛称で知られる時計台と共に、英国議会政治の象徴としてそびえ立つ国会議事堂。ゴシック建築独特の高い屋根と重厚な装飾に彩られた内部で迎えてくれた秘書に連れられエレベーターで上階へと赴くと、議員室に案内された。そこで待っていたのが、部屋の奥にある机の前に立ちながら電話をしていたイアン・ダンカン・スミス議員。まだ話し中にも関わらず、「やあ」と独特のダミ声を張り上げてこちらに手を振ってくれた。会話を終え受話器を置くと、「ニュースダイジェストってどんな新聞なんだ?」「君は英国にずっと住みたいと思うか」などと興味津々に質問を投げ掛けてきたので、元党首にしては随分と気さくなんだな、というのが第一印象。取りとめのない会話が一段落すると、我々には接客用のソファに腰を落ち着けるよう促し、続いて自身も反対側の席に勢いよく座り込む。そして早速インタビューが始まった。


イアン・ダンカン・スミス

一一 ダンカン議員の祖々母が日本人と聞きました。また19世紀に活躍したアイルランドの著名作家ジョージ・バーナード・ショーが祖先だとも。興味深い家系ですね。

祖先については物心ついた時から色々と聞いていました。確かショーという名前の祖々父が、船員として19世紀半ばに英国からタイや中国などのアジア諸国へと旅していたのです。やがて彼が南京と呼ばれる場所に落ち着き、そこで私の祖々母にあたる日本人女性と出会った。祖々父の最初の奥さんは既に亡くなっていて、2度目の結婚でした。

一一 自分に日本人の血が流れているという事実は政治活動に役立ちますか。かつて自分の血筋を例に挙げて多文化主義をアピールしていたようですが。

へえ。そんなことを言った覚えはないですけどね。(過去の新聞記事を見て)本当だ。いや、インタビューを今までの人生の中で何本もやり過ぎていて、1つ1つの発言まで覚えていないので。ただ別に極秘情報ではないので、機会があれば自分のルーツについては思い付くままに色々と話しているのかもしれませんね。

一一 2003年11月に党首の座を降りてからもう3年以上経ちましたが、現在はどのような活動を行っていますか。また典型的な1日のスケジュールを教えてください。

私の現在の政治活動は大きく分けて2つ。まずは社会正義をテーマとした研究を行うシンクタンク「The Centre for Social Justice」の設立者として、同組織を運営していくこと。もう1つは「Social Justice Policy Group」と呼ばれるデービッド・キャメロン現保守党党首が発足させた機構で議長を務めています。こちらは保守党議員としての活動で、英国社会における貧困問題などのテーマを中心に取り組んでいますね。私にとって「典型的な1日」なんて存在しない。週7日にわたって各関係者との会議、街頭演説、国会での討議など激務に追われています。

一一 ダンカン議員は政治活動を行う際、よく「社会正義」という言葉を掲げていますね。数ある政治・社会テーマの中で、社会正義を強調するのはなぜですか。また貧困問題の解決に向けても取り組んでいると仰いましたが、企業活動の促進が主目的であるようなイメージを持つ保守党を率いてきたあなたが言うと、何だか皮肉に聞こえてしまいますね。

まず「上流階級=保守党」「庶民=労働党」といった構図はあくまでもステレオタイプです。次に現代の英国では貧困に関連した諸事情、例えばアルコール中毒、低年齢での妊娠、失業などの問題が山積みなのです。このまま何も手を打たなければあと10年もしないうちにこの国をコントロールすることなどできなくなるでしょう。これらの問題に対処しようとする際、社会正義が論点となります。都市では既に自然発生的な共同体が崩壊してしまっている。一方で政府が大きな権限を振るう福祉国家への需要も減っている。そこで異なる背景を持つ市民たちが皆で一致団結して協力し合うだけの下地、つまり社会正義が必要になるのです。

一一 それではあなたにとって「完璧な世界」とは? 社会正義に溢れた世界でしょうか。

「完璧な世界」ですか。考えたこともないですね。人々がお互いに関わり合える世界でしょうか。すなわち国家と国家が関わり合える世界。そして変化を受け入れることができる社会。完璧に作り上げられても変化がない世界なんて、きっと退屈でしょうからね。後は対立を安易に武力で解決しようとしない社会。言い訳せずに自分の行動に責任を持つ社会。そんな所でしょうか。

イアン・ダンカン・スミス

一一 その他の政策面について話すと、ダンカン議員はユーロ導入に対しての懐疑派として知られています。1990年代に首相だったユーロ導入派のジョン・メージャー保守党党首(当時)と対立する造反組として有名でしたものね。

ええ。今でも考え方は基本的には同じです。超国家なんて要らない。EUに正統性などない。中央集権化にかかるコストも莫大なものです。ユーロ導入が取り沙汰され始めた当時は、皆国家の統一という幻想に酔っていた。でも誤解だったのです。また相手が自党の党首だろうと何だろうと、主張すべき時には主張するのが政治家の任務であり、当然の仕事です。別にメージャー元首相の人格そのものを否定したわけではない。あくまで政策論における対立でしたから。

一一 私の母国の話になりますが、経済政策において日本は今、転換点を迎えています。市場の自由化が進み、規制が取り払われていく一方で、「勝ち組」と「負け組」に分かれてやがては英国のような階級社会に移行しつつあるとの批判も出ています。

部屋
赤いじゅうたんが敷かれた議員室の窓のすぐ下には、 テムズ河が流れていた

だからこそ「社会正義」の概念が必要なのです。まず、貧しい人を救っていくだけの富を得るために自由市場は必要です。でもそれだけでは社会は成り立たない。そこで社会正義という概念が上手く機能することで、市場自由主義から生まれる過当競争という負の部分を和らげることができる。あと英国が階級社会であるとの意見には賛成できないですね。現代の我が国では、才能とかやる気といったもので人は評価されていると信じています。

一一 日本では米国との関係の保ち方についてもよく論じられています。

それは英国でも最もよく取り上げられるテーマです。私の考えでは、英国は米国と良き友人であり続けるべきでしょう。そして彼らの意見を聞き、時には修正を促す必要がある。歴史的、文化的な背景から、英米関係は特別な意味を持っています。これ以上強く深い2国関係はあり得ない。そういった意味では、多くの批判を受けながらも親米的なスタンスを取り続けるブレア首相の考え方は理解できます。

一一 2003年まで保守党党首を務めていらっしゃいましたね。党首に就任されている間は随分とメディアに叩かれて、最後は保守党内の信任投票に敗れた末に辞任という結末を迎えました。当時はどんなお気持ちを抱えて毎日を過ごしていましたか。

そう、私はかつて保守党の党首だったのです。 一番偉かったんです!(笑) 今はもう違いますけどね。当時は私の妻に関するデタラメをメディアに書き立てられました。気持ち良いものではないけれど、慣れてしまうものです。私が重圧に押しつぶされるような人間に見えますか。社会正義を広めて、英国をもっとより良い国にしようという思いが今でも私を駆り立てています。

一一 党首時代、どうして国民や保守党党員の支援を取り付けられなかったのでしょうか。

非常に難しい時期でした。党首就任直後に米国で同時多発テロが勃発し、以後はアフガニスタン、イラク問題に振り回っされぱなし。さらにブレア首相も人気絶頂の頃でした。野党党首が成功するには運も必要です。与党の人気に左右される部分がありますから。そういった意味では、ブレア首相の人気が凋落している今は保守党のチャンスですね。今や誰も政府の言うことを信じないですし。

一一 ブレア首相への支持が低下したのは、多くのメディアが報じているようにイラク政策の失敗が大きな理由だとお考えですか。

イラク問題に限って言えば、ブレア首相に対してある程度は同情を感じます。というのも、彼が決断したイラク制圧という行動自体には問題はなかったと思うから。ただ「大量破壊兵器を保持しているから」という大義が良くなかった。あんな嘘をついていなければ、現在の状況は随分変わっていたと思います。

イアン・ダンカン・スミス

一一 翻って、保守党のキャメロン党首についてはどのような印象をお持ちですか。保守党の先輩から見て、特筆すべき長所や短所などありますか。

彼のことは昔からよく知っています。まず何よりもフレッシュなイメージを持っている。アイデアにも富んでいる。社会正義にも関心を払っている。今のところは言うことはないですね。彼の短所? そんなもの知っていても教えません(笑)。

一一「フレッシュなイメージ」「甘いマスク」などのように、人々が語るキャメロン党首についての好意的な評価のほとんどが、政策とは何の関係もありません。一般市民は彼の政策になんて興味がないのでは、とも思うのですが・・・・・・。

確かに政治の形態が変わってきているのかもしれません。しかし一般市民の政治に対する態度というより、人々が政治家を判断するための情報を十分に与えられていないことにむしろ問題があるのです。例を挙げるならば、今世界で最も成功している保守系の政治家といえばオーストラリアのジョン・ハワード首相でしょう。彼はいつも時代遅れのスーツを着ている。演説に適したよく通る声を持っているわけでもない。はっきり言って、第一印象は及第点以下です。でも彼は既に4期も首相を務めるほど国民に信頼されている。オーストラリアの有権者たちは見てくれだけでなく、政治家がいかに市民の懸念や関心を共有しているかを判断するだけの材料を持っているからです。

一一 最後に1つ質問です。保守党はまた与党の座を奪い返すことができると思いますか。

政治の世界で予想は禁物ですよ。次の総選挙が行われるまでにはまだ時間があり、政治情勢もさらに変化していくと思うので。ただ労働党が弱体化していることは確かなので、少なくとも2005年に行われた総選挙よりは有利に政治活動を進めることができるでしょう。


ダンカン議員
主宰するシンクタンク「The Centre for Social Justice」の会議で議長を務めるダンカン氏

取材班は後日、ダンカン議員が主宰するシンクタンク「The Centre for Social Justice」の会議へ招待された。この会議にはかつてブレア首相と対立し電撃的な辞任劇を繰り広げたクレア・ショート元労働党議員、チャールズ・ケネディ元自民党党首、「イーストエンダーズ」などのドラマに出演していた女優のパッツィ・パーマーなどを始めとする著名人が出席し、社会正義の必要性を訴える演説を行っていた。他党の実力者を含むこれら各界の著名人との関係を構築し、当日は議長として会議全体をまとめあげていたのがダンカン議員。政治家は閣僚ポストを退いてから本当の価値が分かるというが、保守党党首の座を降りた今でも精力的な活動を展開する彼の政治家としての意思は、本物であろう。ブレア首相が辞任していくに伴い英国政治が変動していく中で、彼の存在に再びスポットライトが当てられる日がまた来るのかもしれない。

イアン・ダンカン・スミス保守党議員 プロフィール
イアン・ダンカン・スミスIain Duncan Smith - 1954年4月9日生まれ、エディンバラ出身。2001年9月12日から保守党党首。2003年10月29日に行われた信任投票に敗れ8日後に党首の座を明け渡す。2005年12月7日、デービッド・キャメロン保守党党首に任命され「Social Justice Policy Group」議長に。保守党党首時代は痛烈な批判にも全く動じないことから「Quiet Man」などのニックネームで親しまれた。
 
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