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ロンドンのゲストハウス
Thu, 22 August 2019

湖水地方「桃源郷」を感じる旅 Part 1

「ピーター・ラビットの故郷」に今も残るありのままの自然を求めて、
世界各地から大勢の人々が湖水地方を訪れる。
しかしこの「ありのまま」は、何もせずに成し得たものではない。
英国有数の観光地として、多くの人々を迎え入れつつも、
土地の自然や産業を守るために日々奮闘する、
地元の人々の努力の上につくられた、まさに「桃源郷」なのである。
今回は、2回に分けてそんな湖水地方の人々の心に触れる旅をご紹介。
1回目は「泊まる」「めぐる」をテーマに、観光業に携わる人々の思いを聞いた。
(本誌編集部:村上祥子)

取材協力: 英国湖水地方ジャパンフォーラム(www.kosuichihou.com

湖水地方マップ
湖水地方への行き方: London Euston駅からWindermereまで列車で約4時間弱
(途中、Oxenholme Lake Districtで乗り換え)

泊まる

人気の観光地、湖水地方には、数え切れないほど多くの宿泊施設がある。駅前に立ち並ぶB&Bも便利だけれど、今回ご紹介したいのは、古き良き湖水地方の姿を今に留める2軒のコテージ。何も予定を入れず、ゆったりのんびりコテージで過ごす、そんな一日を味わいたくなる場所だ。

ガーデンで野ウサギと遭遇
Beechmount Country House

Beechmount
ビーチマウントの宿を一歩出るとこんな景色が広がる

隅から隅まで手入れされた中庭から、どこまでも広がる緑の大地を見つめていたら、茂みからちょこんと野ウサギが飛び出してきた。世界中で愛され続けるウサギの物語、「ピーター・ラビット」シリーズの作者、ビアトリクス・ポターが晩年を過ごした家、ヒル・トップから歩いて数分。20世紀の初めに建てられたカントリー・ハウスを改装したB&B、ビーチマウントでは、今でもこんな情景を、日常的に目にすることができる。

建物に入ってすぐ左手にはダイニング。ダークブラウンのどっしりとしたソファと、真っ白なテーブルクロスが目に眩しいダイニング・テーブル、そして冬に大活躍する暖炉と薪が客を迎えてくれるが、この部屋に入ってまず目を奪われるのは、何と言っても大きな窓ごしに広がる景色だ。きっちり刈り込まれた芝生の中央に配された噴水が水を煌めかせる中庭では、低木の合間を縫ってオーナーの飼い犬が野ウサギと追いかけっこ。そして眼下に望む牧草地と大空は、一日のうちに幾度となくその姿を変え、何度見ても見飽きることがない。「内装も、庭も、当時のものをそのまま再現したかった。あるべき姿に戻してあげたかったんだ」と語るのは、オーナーのギャリーさん。苦労の末に完成した部屋を見つめるその眼差しには、愛情がこもっている。

客室数はわずか3室。ルーム・キーに付いているのはアヒルのジャマイマのぬいぐるみ、小さな本棚にはピーター・ラビット・シリーズの絵本が並び、タンスの上にはピーターの仲間たちの置物が静かに佇んでいる。部屋に用意された紅茶とビスケットを片手に、放牧されている牛たちがのんびり草を食んでいる姿を窓越しに見つつ絵本をめくっていると、やがて夜の帳とともに、耳を差すほどの静けさが訪れる。

そんな静寂が、牛の鳴き声に破られる朝。リビングに向かうと、朝食のテーブルで、他の泊り客との何気ない会話が始まった。近隣のコッカーマスから来たという50代の夫婦と、年に4、5度はこの地を訪れるというマンチェスターの20代カップル。外はあいにくの雨模様だが、「これこそ湖水地方。雨はこの地方の生活の一部だよ」などと意に介する風もなく、あれこれ今日の予定を考えている。たっぷりとしたフル・イングリッシュ・ブレックファストをじっくり味わいながら繰り広げられる会話にはやがて、ギャリーさんの奥さん、デニスさんも加わり、終わる兆しもない。

名のある観光名所をめぐるのも良いけれど、あわてず、あせらず、のんびりとこの土地を体中で感じるのも、また湖水地方の旅の醍醐味と言えるのではないか。そう思わせてくれる雰囲気に満ちたコテージだ。

Beechmount
1.朝食はもちろん、英国式フル・ブレックファスト 2.コテージの隣にはデニスさんお手製ケーキを出すカフェも 3.著名ランドスケープ・デザイナーによるオリジナルを忠実に再現した中庭 4.メルヘンチックな部屋の外には青々とした牧草地が

デニス&ギャリー・スコフィールド夫妻オーナー
デニス&ギャリー・スコフィールド夫妻

もともとはマンチェスター出身で、私はステート・エージェント、彼は教師として働いていました。彼は今でもこちらの学校で校長をしているんですけれどもね。以前、ホリデー・レッティング(短期の貸し出し運営)の経験があったことから、2006年にこの地に移り住んでコテージを始めました。

建物や庭を今ある状態にするのに、3年はかかりましたね。でも改装する際には、ただあるべき姿に戻したいという一心で、今時のものにしたいとは全く考えませんでした。

この地域に住むことの一番の魅力は、四季と人。湖水地方は四季の移り変わりがはっきりしているから、季節の訪れを肌で感じることができるんです。冬は3時頃には暗くなってしまうけれど、すべての音がクリアに聞こえるようになって、五感が研ぎ澄まされる。都会から来たからこそ、余計にこの地の魅力を強く感じられるんでしょうね。地元の人たちとのつながりも素晴らしいんですよ。かなり高齢の人たちが多いんですが、スポーツやバーベキューなど、地元民で行うイベントもたくさんあります。

60歳になるまで、あと6年はコテージをやっていきたいですね。その後のことはまだ分からないけれど、この土地にはずっと住んでいたいと思っています。

Beechmount Country House
Near Sawrey, Hawkshead, Ambleside,
Cumbria LA22 0JZ
TEL: 015394 36356

頑固なまでに守られ続けるポターの世界
Yew Tree Farm

コニストンの牧歌的風景
ユー・ツリー・ファームのあるコニストンの牧歌的風景

ウィンダミアやボウネスなど、観光客に人気の高いエリアを車で数十分ほど走らせると、コニストンという小さな町に到着する。湖と牧草地、農場と、この地方ならばどこにでも見られる光景ながら、どこか違う気配を感じるのは、この地を漂う「生活感」とでもいうべき空気ゆえだろうか。

この町に位置するユー・ツリー・ファームは、1693年建造。1930年代にはポターが購入、現在ではナショナル・トラストが管理している農場を借り受けた夫妻が委託経営するB&Bである。

小さな囲いで飼育されている子羊たちと、放し飼いの鳥たちを横目に見つつハウスに足を踏み入れると、薄暗い室内で、ウィリアム・モリスの手による深緑の壁紙が、柔らかい光に照らされている。入ってすぐ左の部屋はダイニング。整然と並ぶ木製の丸テーブルと家具が素朴な味わいを醸し出しているが、この部屋では、何とポターが実際に使用していた家具や食器がそのまま使われている。リフォームに多大な時間を費やしたと語る経営者のジョンさんいわく、「このダイニングがすべての始まり。この部屋からインスピレーションを得て、リフォームを行ったんだ」。いわばこのハウスの真骨頂だ。

3つの個室がある上階の床とそこへと続く階段は、歩くとかすかにギイ、ギイと音を立てる。「何と言っても古い家だからね。乱暴に走り回ると他の人の迷惑になってしまうから、静かにね」と笑いながら首をすくめるジョンさん。磨きこまれた床がかすかに鳴らすその音は不思議と心地良く、ありし日の記憶が語り掛けてくるようだ。

もちろん、客室内の調度品も、時代を感じさせるものばかり。なかでも室内で圧倒的な存在感を放つ天蓋付きベッドは、華美というより質実剛健。これまた当時のものかと思いきや、手作りだというから驚きだ。

Yew Tree Farm
1. ポート・ワイン片手にほかのお客さんとの話がはずむラウンジ 2. 朝食のスモーク・サーモン入りスクランブル・エッグは半熟具合が絶妙 3. お風呂だけは最新式の広々サイズ 4. 白壁に伝う蔦が印象的なコテージの外観

「お客さん同士のコミュニケーションを大切にしたい」という思いから、ハウス内にテレビは置いていない。その代わり、ゲスト・ラウンジには、昔ながらのゲームや本、それに自由に飲めるポート・ワインが置かれているので、ゆったりとした時の流れを、他のお客さんと一緒に静かに味わうことができる。

朝食はもちろん、ダイニングで。自家製のソーセージやベーコン、放し飼いの鶏から生まれた新鮮な卵など、徹底的に地元の食材にこだわった4種類のメニューは絶品揃いだ。

湖水地方の古き良き風情を頑ななまでに守り続けるジョンさんは、地元産業の推進者でもある。食事はもちろん、ハウス内の備品は出来る限り地元の手作り品にこだわる。「生活をするために」始めたB&Bも楽しいけれど、やはり一番にあるのは、この地域と農業への情熱。「とにかく農業は絶対に続けていきたい」というジョンさんの思いが詰まった空間では、湖水地方に生きた人々のかつての生活を垣間見ることができる。

ジョン・ワトソンさん経営者
ジョン・ワトソンさん

ユー・ツリー・ファームの経営を始めたのは、2002年から。それまではヨークシャーで、ファーム・マネージャーをしていました。でも結局は自分のファームではなかったので、「誰かのために」ではなく、「自分のために」農業をしたいと思い、子供の頃からずっと好きだった湖水地方にやって来ました。こちらに越して2~3カ月の間、誰にも会わずにショックを受けた、なんていうこともありましたが(笑)、ここでの生活には非常に満足しています。

コニストンの良いところは、大きな町と比べてとにかく静かなこと。バスも列車もないけれど、不便だとは思いません。ショッピングですか? 大きなスーパーなどには行きませんからね。地元の小さな店が好きなんです。あと、肉や卵は牧場で、野菜は庭で栽培していますから、全然困りません。服は妻の父や祖父のお下がりをそのまま使っていますよ(笑)。お客さんとコミュニケーションをとるのは楽しいし、正直なところ、生活するためにもお客さんの存在は必要です。でも何より、ファームは今後もずっと、絶対に続けていきたいですね。

YEW TREE FARM
Coniston, Cumbria LA21 8DP
TEL: 015394 41433
www.yewtree-farm.com

めぐる

観光スポットには事欠かないここ湖水地方。詩人、ワーズワースやビアトリクス・ポターゆかりの地など見所は多いが、一つひとつの場所には、そこを守る人々の細やかな心配りが密かに息づいている。湖水地方随一の人気スポットと、観光の新たな方向性を模索するツアー会社で働くスタッフに、観光地としての湖水地方の在り方を聞いた。

ピーター・ラビットはここから生まれた
Hill Top

Hill Top
ヒル・トップと一続きになっているスペースでは、現在もとある一家が住んでいるのだとか

ご存知、ビアトリクス・ポターが晩年を過ごした2階建ての農家、ヒル・トップ。家の規模は小さいが、その中にはポターの自然保護への強い志と、ピーター・ラビットの物語の断片が、あちらこちらに散らばっている。

家の中に入ってまず気付くのが、部屋の暗さ。これは、湖水地方の景観の美しさを視覚的に楽しむためにとポターが明かりを暗めに設定していたのを、そのまま再現しているのだという。また、1階に設えられた暖炉は、一年中、朝に薪をくべ、実際に火を焚くというこだわりようだ。

小さな部屋の一つひとつには、その場所にちなんだピーター・ラビット・シリーズの絵本が置かれている。絵本をめくりながらゆっくり部屋をめぐっていけば、今はガラス・ケースに陳列されている時代ものの人形から、剥がれかけた木の床のすき間に至るまで、家の中のあらゆるものが、ピーターとその仲間たちの物語を形成していることが分かるだろう。

また、家の正面にあるガーデンには、バラやラベンダーなどの花々に加え、ベリー類や野菜などが植えられていて、ちょっと地味な印象を受けるかもしれない。でもこれも、ポターが実際に育てていた植物のリストに基づいて、厳密に選定されたものばかりなのだとか。

Hill Top
野菜が植えられた庭にも、ポターへの思いがこめられている

ジョアン・ハドソンさんヒル・トップ・ビジター・
エクスペリエンス・マネージャー

ジョアン・ハドソンさん

1年半ほど前に、「湖水地方における、地域全体で取り組む保護活動に興味を持って」ヨークシャーから湖水地方にやって来たジョアンさん。英国有数の観光地でも特に人気のスポットで働くジョアンさんは、多くの観光客が訪れることと、地域の景観を守ることの両立について、「すべてはバランス」と言う。

「観光客の皆さんが来ることは良いことです。地元の人たちは、観光業が最大の収入源だと十分、認識していますし、観光客は美しい自然を目の当たりにすることで、自然保護に対する意識を高めることができる。ただ、観光と自然保護、2つのバランスをうまく保つことが大切なんです。今はとても良い状態にあると思います」。

例えばヒル・トップでは、建物の保存の目的で、内部に入る人数を厳格に制限しているが、そうすることによってお客さんは床の削れた跡に至るまで、当時のままの状態を保った内部をじっくりと見学することができる。また、人気の観光スポットだからこそ、ボランティアが世界中からやって来る。「有給スタッフは20人ですが、実に300人以上ものボランティアの人たちが働いてくれています。彼らがいないと、私たちの運営は成り立ちません」。

Hill Top
Near Sawrey, Hawkshead, Ambleside, Cumbria LA22 0LF
TEL: 015394 36269

フェリーとバスがセットになったThe Cross Lakes Experienceを使えば、Bowness Pierから約30分。またはピアの南にあるFerry Nabからフェリーに乗ってフェリー・ハウスまで行った後、525番のバスに乗る。

荒々しい自然、これもまた湖水地方の魅力
The High Adventure

ワスト・ウォーターの向こう岸
ワスト・ウォーターの向こう岸には、えぐられたかのような荒々しい山肌が

イングランドで最も標高の高い山と、最も水深の深い湖が、湖水地方にあることをご存知だっただろうか。湖水地方専門のツアー会社、マウンテン・ゴート・ツアーズお勧めの、西部を周る「The High Adventure」では、この双方を間近に見ることができる。

恐怖心すら感じさせる急勾配の山道がひたすら続くハードノット峠を一気にバスで駆け上ると、やがて左右の草原に、ローマ人の砦跡が見えてくる。イングランドの最高峰、スカ フェル・パイクを眺めつつ、遺跡をゆっくり見て歩けば、湖水地方を言い表す際によく用いられる「風光明媚」という言葉とはかけ離れた、漠々たる光景に心奪われるはずだ。そして澄んだ水を湛え、山々に抱かれるかのように佇む湖、ワストウォーターでしばし佇んだ後には、ミニチュア鉄道、レイベングラス・エクスデイル鉄道乗車に、「幽霊屋敷」マンカスター城見学。大自然だけでなく、締めに鉄道、幽霊と英国人が大好きな要素を取り入れるのは、さすがの一言。

普段、あまり足を延ばすことのない西部をめぐる旅。牧歌的な湖水地方しか知らない人にとっては、この地方の新たな一面を知る絶好の機会となるだろう。

The High Adventure
1. 急勾配の草原にひっそりと佇むローマ人の砦跡 2. 大人も子供も大喜び、小さくても立派な蒸気機関車

マルコムさんマウンテン・ゴート・ツアーズ・ガイド
マルコムさん

マウンテン・ゴートでガイドとして働くマルコムさんは、「湖水地方には、ウィンダミアやボウネスはもちろんのこと、魅力ある地域は色々ある。観光客の皆さんには、もっと広いエリアに行って、多種多様な魅力を知ってほしいですね」と願う。

一年を通じて途切れることなく観光客がやって来る湖水地方。地元民の中には、美しく静かなこの地方に大勢の人間が押し寄せることに対して、否定的な感情を持っている人もいるのではないだろうか。そう尋ねると、「ごく一部の農家が、あまりに多くの観光客がやって来ることに諸手を挙げて賛成をしているわけではないのは確か」と認める一方で、2001年の口蹄疫発生以来、農業関係者が観光業に関わり始めるという流れがみられたと言う。観光客が一極集中するのではなく、湖水地方全体を訪れることにより、観光客にとっても、地元民にとっても、そして土地自体にも、良い効果が生まれるはずだと、マルコムさんは考えている。

スコットランドで32年間教師を務め、定年退職後にガイドを始めたマルコムさん。「西部の広大な景色は、どことなくスコットランドのハイランド地方にも似ているんですよ。でも湖水地方は小さいから、1~2日あれば多くの地域を周ることができる。お得でしょう」、と笑った。

The Mountain Goat
Victoria Street, Windermere,Cumbria LA23 1AD
TEL: 015394 45161
www.mountain-goat.com

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湖水地方「桃源郷」を感じる旅 Part 2


 
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