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Sun, 15 September 2019

鴻上尚史
演出家・鴻上尚史インタビュー しんどいときを、笑い飛ばす

いつでも、いい具合に肩の力が抜けている。今年11月、学生時代からの自らの分身とも言える劇団を解散させることになったというのに、外野の騒ぎを尻目に、ここロンドンで、8月下旬からの上演が決まった「ハルシオン・デイズ」のため、イギリス人の仲間と忙しくも濃密な時間を過ごしている。思えば2007年6月、自作「トランス」の英語上演を行ったときも、上演できるかどうかも分からない戯曲の読み合わせの段階から、こうしてロンドンで自分の演劇を試せるのは「幸福だ」と言って笑っていた。鴻上尚史がこうして、どんなときでも迷うことなく自分の演劇を楽しめるのは、そこにずっと変わらない、彼の覚悟とも言える思いがあるからだ。
(本誌編集部: 村上祥子)

鴻上 尚史:1958年生まれ。愛媛県出身。早稲田大学法学部在学中に劇団「第三舞台」を結成、80年代の小劇場ブームにおける中心的存在として絶大な支持を得る。「スナフキンの手紙」で95年岸田國士戯曲賞を受賞。2001年、「ファントム・ペイン」上演の後、10年間の劇団活動休止を宣言する。現在は「虚構の劇団」主宰として活動する一方、テレビやラジオへの出演なども行っている。今年11月、第三舞台の活動封印解除にして解散公演となる「深呼吸する惑星」を上演予定。91年にロンドン、スコットランドで「天使は瞳を閉じて〜THE ANGELS WITH CLOSED EYES〜」を上演(英語字幕)、97年には文化庁芸術家在外研修員として、ロンドン市立ギルドホール音楽・演劇学校に留学、そして2007年6月に「トランス」の英語上演を行うなど、イギリスとの関わりは深い。

上演のきっかけは「親友」

7月6日、待ち合わせ場所であるロンドン中心部トラファルガー広場。鴻上氏が、線の細い、一人の英国人男性とともに談笑しながら近づいてきた。鴻上氏と挨拶を交わしている間、傍らでただ静かに佇んでいたその男性は、日本語を全く解せないのに、いつの間に、日本語で行われるインタビューの席に同席することが決まっていた。インタビュー場所を探し求めていた最中、突如「この建物は元をたどれば……」と、とある店の由来を滔々(とうとう)と語り始めたかと思うと、やがて腰を落ち着けたDVDショップ兼カフェでは、日本人にすら知られていないクロサワの作品を見つけて嬉々としている姿を見て、鴻上氏は「彼はオタクでねー」と言いニヤリと笑う。実は彼、レイモンドさんは、鴻上氏が1997年、ロンドンのギルドホール音楽・演劇学校に留学していた頃の同級生にして「親友」。2006年2月に行われた前作「トランス」のリーディング(戯曲の読み合わせ)公演、そしてリーディングの成功を経て実現した翌2007年6月の本公演と、鴻上氏のロンドン演劇生活の節目節目には、必ずその姿があった。今月からロンドンで上演される「ハルシオン・デイズ」には演出助手として関わることになったというこのレイモンドさん、実は今回のロンドン公演のきっかけをつくった張本人でもある。

「『トランス』を上演するとき、もともとは『ハルシオン・デイズ』の方が(ロンドンに)合ってるんじゃないかと思ったのね。で、まず『ハルシオン・デイズ』をレイモンドたちに読んでもらったの。そしたら前回のプロデューサーたちは『トランス』の方が良いって言って決まったんだけど、レイモンドは『ハルシオン・デイズ』の方がロンドンに合うんじゃないかと思うって言ってたんだよね」。

レイモンドさんは「トランス」上演後も「ハルシオン・デイズ」のために奔走する。今から2年ほど前に同作品のリハーサル・リーディングを独自に実施。なんとか上演にこぎつけようとしていたときに出会ったのが、今回のプロデューサー、ジョナサンさんだった。ジョナサンさんが複数の劇場に脚本を見せ、最終的に今回の上演劇場であるリバーサイド・スタジオの芸術監督に見初められたというわけだ。

レイモンドさんと
ギルドホール留学時代からの親友、レイモンドさんと

人生かつてないスケジュール

今回、6月27日に渡英した鴻上氏は、その翌日にキャストのオーディションを行い、7月1日には稽古をスタートさせた。稽古と舞台装置の打ち合わせを同時進行で行い、7日に一旦、日本に帰国。8月2日に東京で別の作品の幕を開け、1週間ほど日本に滞在したらまた渡英、2週間ほど稽古をして、「ハルシオン・デイズ」の初日を迎える。はっきり言って、正気の沙汰じゃない。「人生かつてないスケジュール」と自身も認めるすさまじい環境に飛び込んだわけ、それは一重に「リバーサイド・スタジオ」という今回の上演劇場の存在があったからだ。

「今年の1月くらいに、『リバーサイド・スタジオが、8月の終わりにやらないかって言ってるんだけど、どうする?』ってジョナサンからメールが来たのね。リバーサイド・スタジオって、ものすごく評価が高いし、僕も昔、ピーター・ブルック*の作品とかを観た場所だったからうれしかったんだけど、その予定っていうのが、東京の芝居が終わった楽日の次の日なわけ。で、来年だったら責任持ってできるから、来年に延ばしてくれないかっていうメールを送ったら、今は今年の下半期のスケジュールを検討してるわけで、来年に必ずやるっていう保証はないと言われたので、だったらやるしかねえかって」。

*イギリス演劇界を代表する演出家

リバーサイド・スタジオ
今回の上演劇場「リバーサイド・スタジオ」

「すごい正直に言うと、あんまり聞いたことない劇場だったらごめんねって断ろうと思った」という鴻上氏にとっても、リバーサイド・スタジオからのオファーは、断るにはあまりにも魅力的なものだった。「ヴィジョンがあって、インターナショナルで、質の良い作品を選んでいる」この劇場では、「いいものを観た記憶しかない」。そんな空間に自らの作品をのせることができるのは「すごく幸福」と言って笑った。

インタビューが行われた当日も、もちろんびっしり稽古を行った。6月27日に渡英した翌日にはオーディションを行い、その日のうちにすべてのキャストを決定したというが、なぜ、キャストだけでも先に決めておかなかったのだろう。

「もっと早めにオーディションすればって言ったんだけど、ジョナサンが言うには、いい役者になればなるほど、ギリギリまでスケジュールを空けないから、8月の芝居だったら7月直前ぐらいにオーディションする方が絶対いいやつが集まるって。でもその通り、ものすごい俳優が集まりました」。

今回の鴻上氏のロンドン滞在中の稽古期間は、実質1週間程度。とにかくすべては理屈から始まるという英国の俳優のために、まずはセリフに込められた意味をすべてチェック。インタビュー前日には全体のシーンの読み合わせを何度も行った。始めの読み合わせでかかった時間は1時間53分。それがディスカッションを重ね、細かくカットしていった結果、1時間39分になったという。この数分の違い、素人からしてみれば、たいした違いはないのでは、と思ってしまう。でも、それは休憩時間込みで2時間という上演予定時間をクリアできるか否かと言う、非常に重要なポイントなのだ。「あれ?最終的には何分だったんだっけ?」と、隣の「演出助手」レイモンドさんに軽く尋ねると、それまでこちらに耳を傾けつつ、お茶を片手にDVDなどを眺めていたレイモンドさんの目が光った。あれこれ数字を挙げる鴻上氏を横目に、やおら細かい数字がびっしり書かれた演出ノートを取り出し、念入りにチェックした挙句に自信満々、「39分」と断言する。ふんふんとうなずきながら微笑む2人の姿が、時間調整だけでなく、稽古自体の順調ぶりを物語っている。

ギルドホール留学時代の一コマ
ギルドホール留学時代の一コマ

イギリス人と自殺系サイト

「ハルシオン・デイズ」はもともと、2004年に日本で上演された作品だ。インターネットの自殺系サイトで出会った数人の男女が繰り広げるこの芝居、ロンドンで再演するに当たり、脚本の内容を少々、変えたと言う。

「4人の芝居なんだけど、自殺系サークルで出会った3人──他人の自殺を止めようと思っているカウンセラーと、人間の盾になったと思い込んでしまうサラリーマン、それからホモセクシャルだけど結婚して身分を隠している人。で、もう一人、カウンセラーが見る幻を、初演では大学生にしたんだけど、考えれば考えるほど16歳ぐらいにした方が面白いっていうのが分かって。こちら(イギリス)で、死ぬ理由がいまいちよく分からないって言われたんだけど、僕は、人が死を求めるのって、そんな大したことじゃないんじゃかなと思っていて。それが大学生だと説得力がないかもしれないけれど、16歳の高校生で、『僕は20歳になる前に死にたいんだ』って言うと説得力がある。あと例えば、サラリーマンの職業をウェブサイトのマーケティング担当にして、常に顧客が何を求めているかをすごい気にしてて、顧客の反応ばかりに気を取られているが故に、自分が何をしたいか分からなくなってきてしまった──というように、それぞれのキャラクターをより鮮明にした。そしたらより面白くなったな、と」。

自殺、と言えば、ここイギリスの新聞では、日本の自殺率の高さが話題になることがある。なぜこれほど裕福な国で、自殺率が高く、うつ病に悩む人が多いのか。多くの記事が、その風潮を理解しがたいものとして捉えている。そんな国で、自殺系サイトに集う人々の話が受け入れられるのだろうか。

「『トランス』上演のときに、ブッシュ・シアター(上演劇場)のプロデューサーに、我が国では自殺系サイトで出会って自殺する人はいないから、『ハルシオン・デイズ』みたいな話は受けないよって言われたんだよね。でもジョナサンが言うには、去年から、自殺系サイトで出会って自殺したケースがイギリスでも7件くらいあったらしいのね。その辺りがリバーサイド・スタジオの芸術監督が『ハルシオン・デイズ』を選んだ理由じゃないかな。名誉か不名誉か分からないけれど、やっと日本の自殺状況にイギリスが追いついたというか、同じ現象が起こり出した。だからジョナサンも、こうした現象はイギリスでも理解されると思うって言ってましたね」。

2004年「ハルシオン」日本公演
2004年「ハルシオン」日本公演

演劇人が演劇を続ける意味

自殺率、うつ病と、世の中の厳しい現実に話が向くと、やはり今、どうしても避けられない話題がある。3月11日に東北地方を襲った東日本大震災。演劇や音楽、文学に携わる人々にとっては、「自分は今、何をすべきなのか」という命題を、目の前に叩きつけられた瞬間でもあったに違いない。演劇に携わる一人の人間として、鴻上氏にとってもこの出来事は、改めて演劇人としての自分を見つめ直すきっかけになったのではと思いきや、彼にとって「やるべきか、やらざるべきか」という選択肢はなかったようだ。

「日本では震災の後、(舞台上演を)しばらく自粛してやらないっていうのが多かった。知り合いにも中止した人が多かったんだけど。でも絶対やるべきだというか、ここで止めたら、演劇の否定になってしまう、ここで自粛してしまったら、演劇人が演劇を続ける意味がないだろうと思ったんだね。演劇や芸術が存在している意味──悲しんでたり、絶望してしたり、落ち込んでいる人たちを勇気付けたり、生きる意味っていうのを何とか見つけようとするために演劇や芸能はあるわけだから。だから『ハルシオン・デイズ』だって、観に来てくれた人たちが、しんどい世の中で、何らかの形で生きる勇気を得られる作品にならないと、今やる意味は無いと思う」。

「ハルシオン・デイズ」ロンドン公演と同時進行の形で稽古が進められ、8月に東京で上演されるのは、「天使は瞳を閉じて」という作品だ。昨年のうちに、今年上演することを決めたのだが、この芝居、実は原子力発電所のメルトダウンから話が始まっている。はるか昔、放射能の汚染から人々を守るためにつくられた透明の壁。その壁に守られているとは知らず、自由を求めて壁を壊そうとする人々と、その姿を見つめる天使の物語。1988年に初演、その後、1991年にはロンドンとエディンバラでも公演を行ったという、鴻上氏の代表作の一つだ。

「原発のメルトダウンから始まる話なんだけど、ちょっと冒頭を変えました。始まりとしては、原発事故が起こって、一帯が立入禁止になったんだけど、自分の土地だからって入ろうとする人や、恋人を探しにいく人、半ばヤケになって放射能で死のうと思って飛び込もうとする人もいてっていう感じで、皆が入っていくわけ。それで今日から立入禁止になりますから出てくださいってアナウンスが流れるんだけど、もめてるうちに出る時間が過ぎて、透明な壁に覆われてもう外に出られなくなる。そのまま気の遠くなるような時間が流れて、実はその間に地球規模の大地震が発生して、原発を手放さなかった場所で原発事故が起こって、結果、放射能を隔離していたこの町だけ生き残るっていう風に変えた。で天使が見つけたのは、ほかは全部やられたけど、放射能を通さない透明なドームで生き残っている町だった、っていう風に、全く間逆に変えた」。

数十年前につくられた物語が、色褪せるどころか、何よりも今という時代を描き出してしまうという事実。そしてほんのわずかな違いが人々を透明な壁の内と外に分け、そのことすら自分で認識できないという恐怖。早稲田大学在学中には自ら「核戦争三部作」と名付けた作品を発表し、その後も社会の深淵を覗き込むような作品を多く手掛けてきた鴻上氏の目に、現在の日本はどう映っているのだろう。

鴻上氏は現在、外国から日本にやって来た人々の目から見た日本を紹介するテレビ番組「COOL JAPAN」の司会を務めている。そこで震災特集が組まれた。震災後、日本人の恋人を持つ外国の人々の多くが日本を離れた。日本人も恋人を引き留めたいとは思っているけれど、自分自身、何が信じられるか分からなくなっているから、説得することができない──それが「番組をやっていて一番切なかった」と言う。今回の震災に関して、何か書きたいと思っているかと尋ねたら、「うーん」と一言発した後、これまでになく長い沈黙の末に「やがて書くでしょうね」とつぶやいた。演劇を続けることに対しては全く揺らぎがなくても、やはり今の日本は、物語になるにはあまりに生々しい、現在進行形の混沌にあるのだろう。

でも、こんな時代だからこそ、観ている人には「笑い」を伝えたい。学生時代から、絶望的な現実を抉り出すような作品を生み出す一方で、鴻上氏は必ずそこに笑いと、立ち続ける人々の姿を描いてきた。今回、ロンドンで上演する「ハルシオン・デイズ」も、「間違いなく笑える芝居になっている」と言い切る。

「(登場人物は)みんな色んなやっかいな問題を抱えていて、それは一歩間違えると自殺したくなってもしょうがないような問題なんだけど、死にたくなるんじゃなくて、頑張りながら笑い飛ばす、そんな芝居になるんじゃないかと思います」。

前回、「トランス」がロンドンで上演されたのが2007年。今回の上演までに、4年の月日が流れた。「今回は間が空いちゃったけど、これからはもっと定期的にやりたい」という鴻上氏に、ロンドン用に新作を書く予定はないのかと、ちょっと押しつけがましく聞いてみると、「来年、日本で新作を書いて、それを訳してロンドンに持ってくるというのはあるかな……」と、少し煮え切らないような返事が返ってきた。でもそれは、鴻上氏にとってロンドンが日本と比べて重要ではないというわけじゃない。

2007年の「トランス」ロンドン公演
2007年の「トランス」ロンドン公演

「ロンドン用に書いたら、ジャパネスクっぽい感じになると思うんだよね。それはあんまり面白くないと思っていて。僕の中で、観客は東京でもロンドンでも、あんまり変わらないと思うんだよね。そういう意味で、来年、やさしいオタクが出てくる本を書いて、ジョナサンに見せる。まあ、まずそのためには今回を成功させないとダメなんだけどね(笑)」。

「やさしいオタク」と言いながら鴻上氏は、相も変わらず飽きることなくこちらの会話に耳を傾けている隣のレイモンドさんを見やり、英語で説明し始めた。やさしいオタクとは、ほかでもない、レイモンドさん自身のこと。演劇学校時代から親交を深め、俳優として不器用ながら地道に活動を続けているレイモンドさんのことを、鴻上氏はロンドンに来るたび話題に出してきた。今回は残念ながら役柄が合わなかったけれど、次回は「gentle geek」が出てくる脚本を書いて、レイモンドさんに演じてもらう、そんな風に語る横で、当のレイモンドさんが、「ジェントルだからね」と言って大仰にお辞儀をし、胸を張っている。心優しきオタクが舞台の上を歩き回っている様を想像して、心がほわりと温かくなる。

鴻上氏の芝居の中で生きる人物たちは、笑っている。社会の絶望から目をそらさず、現実逃避をするわけじゃなく、前を向きつつ、笑い続ける。そしてそんな人たちの姿を目の当たりにして、私たちは、観る前よりもほんの少し、心が軽くなっていることに気付くのかもしれない。今回の上演作、「ハルシオン・デイズ(安息の日々)」というタイトルじゃないけれど、少なくとも鴻上氏は、演劇がみんなにとってそういう存在となれるよう、演劇人であり続けることを、けっして止めない。

ハルシオン・デイズ

Halcyon Days

2011年8月23日(火)〜9月18日(日)
火〜土 19:30、日 15:00
*8月24日(水)には上演後、演出家の鴻上尚史氏とのセッションあり(入場は当日のチケット保持者に限る)
料金: £15(事前予約の場合、£10。ただし、初日が近づくと£15になるので劇場に確認のこと)

Riverside Studios (Studio 3)
Crisp Road, London W6 9RL
Tel: 020 8237 1111
www.riversidestudios.co.uk(劇場ホームページ)
www.halcyondayslondon.com(ハルシオン専用ページ)
 
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