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Sun, 18 November 2018

俳優 市村正親 インタビュー

昨年9月、英南東部ケントで、日本と縁の深い一人の英国人を記念する
フェスティバルが開催された。
日本の伝統文化も紹介される毎年恒例のこのイベントの存在を、
一体どれほどの人々が知っていただろうか――江戸時代初期、
旗本として将軍徳川家康に仕えた英国人、三浦按針(ウィリアム・アダムズ)と
彼を取り巻く人々の半生を描いた日英合作舞台
「Anjin: The Shogun and The English Samurai(邦題: 家康と按針)」が
間もなくロンドンで上演される。
作品の核となる人物、家康を演じるのは、日本演劇界を代表する俳優、市村正親。
現代の日英両国の人々の記憶から薄れつつある、はるか昔の日本の権力者と
一英国人の絆を、この地でどのように表現するのか。
東京公演真っ最中の市村に電話インタビューを行った。
(本誌編集部: 村上 祥子)

市村正親(いちむら まさちか)
1949年1月28日生まれ。埼玉県出身。舞台芸術学院を卒業後、俳優西村晃の付き人に。1973年、劇団四季の「イエス・キリスト=スーパースター(現「ジーザス・クライスト=スーパースター」)」でデビュー。翌74年に同劇団へ入団。「エクウス」や「オペラ座の怪人」など多数の作品で主役を演じた後、90年に退団。その後は「ミス・サイゴン」や「屋根の上のヴァイオリン弾き」といった舞台で活躍するとともに、映画やNHK大河ドラマ、連続ドラマなど映像分野にも進出し、幅広い活動を行っている。


「家康が僕じゃなくても」大丈夫

「家康が僕じゃなくても、作品がしっかりしているわけだから、そこに描かれた家康を演じてさえいれば、家康と按針との友情は表現されると思いますね。俳優とはそういう職業ですからね。うん」。

俳優、市村正親。「オペラ座の怪人」「ウェスト・サイド物語」「ミス・サイゴン」「スウィーニー・トッド」「屋根の上のヴァイオリン弾き」――彼がこれまで演じてきた舞台作品のタイトルの数々を並べれば、それはそのまま日本演劇の発展の記録になるといっても差し支えないだろう。ときに役がその身に乗り移ったと言われるほどに演技にのめり込むことで知られる市村の口から出た、台本さえきちんとしていたら誰が演じても同じ、とも受け取れるこの言葉は一体、何を意図しているのか。

1月31日、ロンドン北部のサドラーズ・ウェルズ劇場で、舞台「Anjin: The Shogun and The English Samurai(邦題: 家康と按針)」の幕が開く。約400年前の日本を舞台に、江戸幕府中興の祖、徳川家康と、彼に仕えた英国人の侍、三浦按針(ウィリアム・アダムズ)の交流を描いたこの日英合作作品は、近年多く見られる「合作もの」の中でも異色の存在と言える。

英国きっての老舗劇団、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの頂点に立つ芸術監督の座に昨年就任した演出家グレゴリー・ドーランが、以前日本でツアーを行っていたとき、1600年に船が難破し、日本に漂流した英国人の話を聞いたのが、この芝居が生まれたそもそものきっかけ。シェイクスピアと同時代に極東の地に生きた同胞の数奇な人生に興味を抱いたドーランは、日英の脚本家及び俳優たちとともにゼロからこの作品を作り上げていった。日本の舞台作品に外国人演出家を招聘したり、日本人俳優たちの中に数人の外国人俳優が共演していたりといったものとは一味違い、両国ががっぷり四つに組んで作り出した作品だ。初演は2009年。昨年12月の神奈川、東京公演を経て1月末、ロンドンにやって来る今回は、一部キャストを変更しての再演となる。市村が演じるのは、初演に引き続き徳川家康。一方、家康と交流を深めていく按針役や、2人の間を取り持つ通訳を務める宣教師ドメニコ役など、キーパーソンを含む共演者数人は、今回からの初参加組だ。

俳優とは「孤独」な職業

按針役のスティーブン・ボクサー始め、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーから今回加わった英国人俳優たちは、「日本人俳優とは違い、基礎をしっかり積んでいるからセリフがダイナミック」。セリフを謳い上げるように発声する英語独特のリズムはスケールが大きく、そのダイナミズムは日本語のセリフではなかなか実現できないと市村は言う。また、再演に際しては、言葉を変えることなく、「演技の細かいタッチ」で権力者家康が抱え持つ孤独と、英国に妻子がいるにもかかわらず日本でその生涯を終えることになった按針の孤独が出合う様を色濃く出していくが、これは3年の月日を経てある程度英語を理解しながらコミュニケーションを取れるようになった自らの変化とともに、「日本語をよく研究していて、このセリフのときにはこう反応したい」と細部にまでこだわりを見せるボクサー演じる按針が相手だからこそ成し得るものと語るその自信に満ちた口調からは、再演ならではの細やかな心遣いと意気込みが感じられる。

いまや日本演劇界の押しも押されぬ第一人者。出演する作品では、座長としての役割ももれなくついて回る。昨年11月、「Anjin」の稽古のために一人渡英したドメニコ役の古川雄輝は、以前別の作品で共演した市村を「自分とは関係のないシーンでも皆のセリフを聞いて、考えて、皆に平等にアドバイスをくれる」人と評し、演技がうまくいけば、本番中でも舞台裾で無言のまま親指を立てて励ましてくれる、それがありがたかったと感謝の気持ちを表した。一方、古川の印象はと市村に尋ねてみると、「英語を武器としている俳優さんなので、英語ではのびのびと芝居をしていますね」。しかしその後に茶目っ気たっぷり、日本語での演技は「俺の目からするとまだ60点。足りない点は人生でしょうね。人生観。イマジネーション! まあ、そんな簡単にできちゃったらこちらも困りますよ。うん! まだ大作を演じるのは2回目なのに。苦労してもらわないと!」と豪快に笑った。行動と言葉が示す包容力と厳しさは、まさしく作品の屋台骨を支える座長としての立場を体現したものだと言えよう。だが、常に大黒柱的な役割を求められる立場というのは、市村ほどのベテランをもってしても、決して楽なものではない。

「第一人者と呼ばれようと、新しいお芝居に入るときはゼロからですからね。逆に周りが第一人者だと思っている分だけ、期待度が高いからこちらもそうとう作りこまないといけない。そういう意味では、家康のセリフじゃないですけれど孤独ですよ。今回のような再演作品だといくらかは出発地点はゴールに近くなりますが、舞台とはそういうものですね。毎回毎回、ゼロからです」。

僕は「日本国内で十分だと思っている俳優」

市村が思い描く、今回演じる家康の人物像は、「夢を求めていたにもかかわらず、生まれが生まれなゆえに、育った場所が育った場所ゆえに、生きた時代が時代なゆえに、外に出ることはかなわなかった。しかし非常に好奇心旺盛で、夢に向かって色々なものを吸収する、まるでスポンジのような吸収力を持った人間」。海外進出する日本人俳優が目立つようになった昨今、日本の中であらゆる役柄をこなしてきた市村本人にもつながる部分があるように感じるが、「確かにそれはあるかもしれませんね」と言う一方で、「僕は別に外国でお芝居をしたいという人間じゃない、日本国内で十分だと思っている俳優」だと明快に言い切った。その言葉を聞いて、英国での評価も高い人気演出家にして俳優の野田秀樹がかつてロンドンで語ってくれたエピソードが去来する。海外で作品を生み出す自らの苦しみを語るとともに、先日他界した親友の歌舞伎俳優、中村勘三郎を例にとり、常に新しいものに挑戦し、苦労を重ねて日本でトップを走り続けることの厳しさも訴えた野田。市村にしても野田にしても、活躍する場を問わず、一つの世界でプロとして第一人者であり続けることの厳しさを、骨の髄まで知っているからこそ滲み出る実感なのだろう。

市村は2003年、蜷川幸雄演出「ペリクリーズ」のロンドン公演に参加している。演じる上でロンドンならではの難しさとは何かを尋ねたとき、「あのね、難しいなんて思ってたら何もできないですよ」と言い含めるようにゆっくりと言葉を運んだ後、「日本でつくったものを、今、毎日演じているものを、今、東京でやっているのと同じ気持ちで、ロンドンでもやる」だけと断言した。ロンドンや米ニューヨークなど、演劇の聖地と言われる場所でも数々の舞台を観てきたが、「ロンドンだってブロードウェーだって日本だって、だめな芝居はだめ」とあっさり言い切る辺りもまた、演じられる舞台の場所が日本だろうが海外だろうが、ただ日々の芝居を最高のものにすべく己を切磋するだけという俳優としての姿勢がうかがえる。市村にとって冒頭の言葉は、まずは作品ありきであるとする、演じる者としてのエゴを捨てたプロ意識と、俳優とは替えの効く職業であるからこそ、常に自らを追い込み自らにしかできない役づくりをしなければならないのだというストイックさを示すものだったのではないだろうか。

何より「好きで、一生懸命」

ミュージカル「オペラ座の怪人」の怪人役や、「ミス・サイゴン」におけるフランス人とベトナム人の混血のキャバレー経営者役など、癖のある役柄を当たり役とする一方、シェイクスピア作品で悲劇を演じ、テレビや映画では現代ものから時代劇までこなす市村。自分の発言を反芻し納得しつつ話しているかのように語尾に「うん、うん」と挟み込みながら、セリフのごとく朗々とリズミカルに言葉を繰り出す低めの声は、たとえ電話越しであっても、人生の大部分を舞台という板の上で過ごしている人間ならではの凄味を感じさせる。数ある持ち役の中でも自分に合う役柄はあるのか尋ねてみると、「まあ普通の役は合わないみたいだね」と冗談めかして笑った。「オペラ座だとかミス・サイゴンだとか、シェイクスピアだってリチャードにしてもハムレットにしても、みんなどこかにおかしい、強烈な部分がありますからね。強烈な役が面白いなと思います」。

これまで多くのメディアで語っているが、市村が俳優を志すようになったのは、高校時代に劇団民藝の「オットーと呼ばれる日本人」で滝沢修が舞台上で生きた「激しい人生」に魅せられたから。その後、俳優西村晃の付き人を経て劇団四季に入団。1990年に同劇団を退団した後はさらに活躍の場を広げ、デビュー以来40年近くにわたり、数えきれないほどの舞台に立ち続けてきた。星の数ほどもいる俳優たちの中で、なぜこれだけの年月を最前線で走ってこられたのだろう。「手前味噌になってしまいますが、『元気がもらえる』とおっしゃるお客さんが多いですね」。元気がもらえる、それは何故だと思うかと続けて聞いたら、返ってきたのは、「僕が、好きで、一生懸命演じているからじゃないでしょうか」という極めてシンプルな一言だった。

年月を重ね、役を重ねた。今後はアーサー・ミラーやサルトルの戯曲に出てくる登場人物のような、「若い役じゃない、大人でなければできない役との出会いができれば」と語る。しかし年を経た上での俳優としての変化を尋ねると、これまで打てば響くようにポンポンと答えてきた市村が少し、口ごもった。「自分が変わったかどうかはお客さんが判断すること。お客様が『今日の芝居はこう変わったな』とか、『役者がこういう風に変わったな』と判断してくれるのが良いのであって、僕が『こういうところが変わっただろ! 』と言うのはおこがましいような気がします」。俳優が、その内面を言葉で説明するべきではない。俳優が自分をさらけ出すのは舞台の上。好きで、一生懸命演じている人間から、観ている者が元気をもらう。この至って単純な図式を理解するには、舞台に立つ市村の姿を観るよりほかになさそうだ。「300年以上にわたって続く平和の時代の礎を築いた将軍家康が劇場でお迎えしますので、楽しみにしていてください」と語る市村家康の生き様を、舞台の上でとくと見せてもらおう。


Anjin The Shogun and The English Samurai 「家康と按針」
Sadler's Wells
Rosebery Avenue, London EC1R
1月31日~2月9日
月~土 19:30(水・土は14:30もあり)
料金: £16~48
Tel: 0844 412 4300
www.sadlerswells.com
 
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