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Tue, 19 March 2024

英国の口福こうふくを探して

「英国料理はまずい」だなんて、言い古された悪評など何のその。おなじみのものから、意外と知られていないメニューまで、英国の伝統料理やお菓子には、舌が悦ぶものが色々あります。ぜひ一度ご賞味を。


No. 76

ジェントルマンズ・レリッシュ
Gentleman's Relish

Gentleman's Relish

英国の朝ご飯といえば、このコラムでも以前ご紹介したことのあるフル・イングリッシュ・ブレックファストが有名です。ベーコン、ソーセージ、卵にベイクド・ビーンズ、その上、トマトやマッシュルームまで添えられて、ボリューム満点。でも、英国家庭の普段の朝食といえば、実はシリアル類やトーストが定番です。

先日、夫の友人であるジョンとイボンヌのところに泊まったときも、翌朝、テーブルに並んでいたのはシリアルとパンでした。トースターにパンを入れたあと、ジョンが「マミは英国の食べ物を調べていると言っていたけれど、これは知っている?」と出してきたのが、手のひらに収まるほどの白いプラスチックの容器。ハンド・クリームでも入っていそうな入れ物の蓋には「Patum Peperium」と書かれています。初めて聞くこの言葉、何の意味かさっぱり分かりません。

「それは一体何?」と聞く私に、ジョンはニヤニヤしながら、蓋を開けて見せてくれました。そこには泥パックのような、茶色い、クリーム状のものが詰まっていました。鼻を近付けると、ツンと魚の匂いがします。

トースターから飛び出して焼き上がったトーストの上に、ジョンはバターを塗り、そのまた上にこの茶色いペースト状のものを重ねて、「どうぞ」と私に差し出しました。

一口食べると、すぐにその正体が分かりました。アンチョビの味です。かなり塩気が強い上に、ピリッとした辛さもあります。私にはちょっと塩辛過ぎる気がしましたが、量を控えめに薄く塗れば、結構クセになりそうな味です。

家に帰って調べると、これは、1828年、当時フランスに住んでいたジョン・オズボーンという英国人によって作られたものとのこと。アンチョビにバター、ハーブやスパイスを混ぜてありますが、詳しいレシピは長く秘伝とされてきました。現在でも、原材料にスパイスの具体的な名前は記載されていません。

「ペイタム・ペペリアム」という名前の語源はギリシャ語とラテン語が混ざっているとも言われ、「ペッパー(唐辛子)のペースト」という意味だそうです。

ただ、一般的には、「ジェントルマンズ・レリッシュ」という別名の方がよく知られています。日本語では「紳士の薬味(楽しみ)」とでも訳せそうなこの名前は、1948年に商標登録されています。

19世紀、ロンドンの社交クラブでは、デザートの後に食べる「セイボリー(塩気のあるスナック)」にこのアンチョビ風味が好まれました。ペイタム・ペペリアムを頼む際に「ほら、あのジェントルマンズ・レリッシュね」と人々が言っていたのが、20世紀になって商品名になったというわけです。

とはいえ、紳士だけに独占させる必要はありません。女性の皆さんも、どんどんいただいてください。料理の隠し味にも使えます。

ジェントルマンズ・レリッシュ・オン・トーストの作り方
(1人分)

材料

  • ジェントルマンズ・レリッシュ ... 適量
  • パン(天然酵母パンがお勧め) ... 1枚
  • バター(無塩のものがお勧め) ... 適量

作り方

  1. パンを好みの加減にトーストする。
  2. ❶にバターを塗る。
  3. ❷の上から好みの分量のジェントルマンズ・レリッシュを塗って出来上がり。
memo

1849年と1855年にパリのフード・ショーに出品し、高い評価を受けたというジェントルマンズ・レリッシュ。人によって「好き嫌い」がはっきり分かれることから、「ポッシュなマーマイト」と呼ばれることもあるようです。スーパー「ウェイトローズ」では、71g入りのものが2.99ポンドで販売されています。

 
マクギネス真美マクギネス真美
英国在住の編集&ライター。日本での9年半の雑誌編集を経て、2003年渡英。以降、英国を拠点に、ライフスタイル、ガーデニング、食などの取材、執筆を行う。英国料理の師は義母。
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