ロンドンのゲストハウス
Fri, 23 June 2017

「The Financial Times」紙って、
一体どんな新聞なの? - 小林恭子

第12回 電子化成功の鍵とは

FTのブレグジット特集画面 一時、記事の閲読を無料にしていた
FTのブレグジット特集画面一時、記事の閲読を無料にしていた

ロンドンで電車に乗ると、新聞を手にしている人を見掛けることは珍しくありません。朝刊無料紙「メトロ」や同じく無料の夕刊紙「ロンドン・イブニング・スタンダード」が配布されていますから、ついつい手に取ってしまいますよね。

それでも、日本そして英国でも紙の新聞を買って読む人がどんどん減っている傾向に変わりはありません。発行部数を記録する英ABC協会の調べによりますと、2005年10月時点での日刊全国紙の発行部数は約1200万部でしたが、10年後の同月では約684万部に減少してしまいました。

新聞社の収入の大部分は紙媒体の発行による購読収入と広告収入によって生じていますが、電子版からの収入はその何分の1にしか過ぎません。発行部数の減少は新聞社の経営にとって大きな打撃となります。

紙版から得られる収入に頼る新聞社がどこも苦しい台所事情となっている中、非常に珍しい存在となっているのが「フィナンシャル・タイムズ」紙(FT)です。

長い間、英新聞界はウェブサイト上の記事を無料で出すことを当然としてきましたが、FTは閲読(えつどく)に課金することにしました。2005年に編集長となったライオネル・バーバー氏は「テクノロジーを駆使して、新たな収入を生み出す」ことを目標に、2007年から電子版閲読にメーター制を導入しています。月に数本までの閲読は無料でそれ以降は有料となる仕組みです。そこには「FTのコンテンツにはお金を払って読んでもらう価値がある」というバーバー編集長の信念がありました。

FTはメーター制を巧みに使いました。当初は月30本までは無料で読めたのですが、ときには月に数本にするなど、適宜変えていったのです。一般紙であれば読者は有料になった時点ですぐにあきらめたかもしれませんが、経済紙という強みを生かし、「もっと読みたい」という気持ちにさせることに成功し、次第に有料購読者が増えていきました。現在、紙版、電子版を合わせた購読数は約78万。そのうちの57万が電子版のみの購読数です。電子版の購読数が紙版を上回っているのはFTのみ。現在はメーター制から廉価のトライアル制に移行しています。一定の期間、1ポンドなどの廉価でFTの記事をすべて閲読できる仕組みで、FTの記事を読む習慣をつけてもらうことを狙っています。

電子版重視のために、編集室の作業の流れも変えました。紙版を何度も作るのでなく、国際版は一版のみとし、電子版制作の方に力を注ぐようになりました。「デジタル・ファースト」がキーワードです。

でも、せっかく良いコンテンツを作っても、読者が読んでくれなければ何もなりません。ソーシャル・メディアに熱中する多くの人の目に触れるようにするにはどうしたらいいのでしょうか。FTは「オーディエンス」(読者)の獲得を主眼に置く「オーディエンス・エンゲージメント・チーム」という専従チームを作りました。国際的なテロ事件、先のEU加盟の是非をめぐる国民投票などビッグ・ニュースが発生したときにはどの記事をどのプラットフォームで出すかをチームと編集スタッフが話し合いながら決めていきます。ブレグジットでは一時、過去記事も含めて無料でコンテンツを公開し、購読者を増やしました。FTの電子化戦略からまだまだ学ぶことがありそうですね。

 
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小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi
フィナンシャル・タイムズの実力在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社) など。

「フィナンシャル・タイムズの実力」(洋泉社)
日本経済新聞社が1600億円で巨額買収した「フィナンシャル・タイムズ(FT)」とはどんな新聞なのか? いち早くデジタル版を成功させたFTの戦略とは? 目まぐるしい再編が進むメディアの新潮流を読み解く。本連載で触れた内容に加えて、FTに関するあらゆることが分かりやすく解説されている一冊。

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