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Fri, 29 March 2024

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

ジョンソン首相最後の仕事は叙勲者の推薦 - 「こんな人が?」とひんしゅくを買う

9月5日、いよいよ与党保守党の新党首が決まります。下院第一党の党首が首相に就くことになっていますので、新首相の誕生も間近です。

もうすぐ「前任者」となるボリス・ジョンソン首相の最後の仕事の一つが、英国に多大な功績をした人および一代貴族となる人への叙勲を推薦する候補者リストの作成です。リストに入れる人物の人数に制限はありません。

最初にこの制度を利用したのは1895年、ローズベリー卿でしたが、全ての首相がこのリストを作成するわけではなく、ジョンソン首相で15人目になります。作成後、功績があった人物への叙勲推薦リストは内閣府内の勲章委員会に送られ、叙勲に足る品位と適性がある人物かどうかを検証した後、首相と君主の元に戻されます。上院への指名については、上院指名員会が吟味します。リストに挙げられる人物は官邸職員、政治家秘書、議員などが多いようです。

辞任時に提出されるこのリストは、これまでに何度か論争を呼びました。著名な例が1976年のハロルド・ウィルソン首相による別名「ラベンダー・リスト」です。リストを書いた紙が薄紫色だったことに由来するといわれていますが、ウィルソン氏関係者は否定しているようです。労働党党首だったウィルソン氏は1964~70年、74~76年と2度政権を担当しますが、76年辞任の際の爵位推薦リストには複数の富裕企業家の名前が入っており、この中には後に汚職で有罪となる人物、汚職疑惑がある人物もいました。労働党の倫理に反するという批判の声が党内からも上がりました。

1997~2007年在職の労働党のトニー・ブレア首相は「爵位売買疑惑」に見舞われました。ブレア氏が辞任に向けて提出した上院への指名推薦リストの中には、労働党への巨額融資をした複数の人物が入っていたのです。上院指名委員会がその中の1人の指名を却下していたことが判明し、大騒ぎとなります。この事件もあって、ブレア氏は辞任に伴う推薦リストを出さないままになりました。後任のゴードン・ブラウン首相はこのリストは提出しなかったのですが、「解散リスト」という名前で同様の趣旨のリストを出しています。ブレア氏以降止まっていた叙勲候補者の推薦リストは、2010~16年在職の保守党デービッド・キャメロン首相の辞任時に復活し、テリーザ・メイ首相も19年の辞任時にこの制度を利用しました。

辞任時の叙勲の推薦リストは首相個人が自分の友人や利害を共にする人を優先する傾向があり、縁故主義の悪害が指摘されてきました。報道によると、ジョンソン首相が作成するリストは辞任を余儀なくされた一連の疑惑の間中もジョンソン氏に忠実だったナディーン・ドリス文化相をはじめとする複数の保守党議員、パーティー疑惑を巡って事実上の引責辞任をした側近、保守党に好意的な報道を行う大衆紙「デーリー・メール」で長い間編集長を務めたポール・デイカー氏などを上院に推薦する人選になっているそうです。上院議員の人数は現在761人で、内訳は世襲議員が87人、一代貴族が649人、聖職者議員が25人。最大の議席数を持つのが保守党です。

「タイムズ」紙7月11日付の社説は、ジョンソン政権が9月上旬に新党首と首相が決定するまでの暫定政権であり、この時期に首相ができることには「厳しい制限」があるべきと主張しています。特にジョンソン氏は「50人以上の閣僚らがジョンソン首相の下で働くことを拒否し、その品位と適性が問題視されるなか、不名誉な形で」去っていくからです。そんな首相は「縁故主義の人事」に手を付けるべきではない、と。辞任の際に首相個人が特定の人物を叙勲候補者として推薦する制度は、自分自身の私的利益と結び付きやすいと筆者は思います。廃止するのも一考ではないでしょうか。

キーワード

PM's Resignation Honours
(首相辞任時の叙勲)

首相辞任に伴う叙勲。公的分野で功績を達成した人や英国に奉仕した人が対象の場合、国民は政府のウェブサイトを通じて候補者を推薦できる。政府各省庁での査定の上、内閣府の勲章委員会が精査し、首相と君主の承認を得て君主名で叙勲される。上院議員への指名は一代貴族になることを意味する。

 
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