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日経電子版Pro
Thu, 26 November 2020

木村正人の英国ニュースの行間を読め!

第26回 スパイ国家は是か非か

第26回 スパイ国家は是か非か

イスラム過激派によるテロ防止の最前線に立つ英情報局保安部(MI5)のアンドリュー・パーカー長官が8日、ロンドンで講演し、「情報機関による情報活動の詳細を明らかにすることはテロリストを利するだけだ」と述べ、暗に「ガーディアン」紙の報道を批判した。同紙は6月以降、米中央情報局(CIA)元職員エドワード・スノーデン氏から入手した機密資料を基に米国家安全保障局(NSA)や英政府通信本部(GCHQ)による個人情報の収集活動を暴露している。パーカー長官は「情報機関がすべての人とその会話を子細漏らさずモニターしているように思わせるのはナンセンスそのものだ」と主張した。

欧米諸国の情報機関と機密情報を共有するため、特定の秘密を漏らした公務員らへの罰則を強化する「特定秘密保護法」が日本でも議論されている。国民の知る権利、プライバシー保護と、テロを防ぐための情報活動のバランスをどう取るかは極めて難しい問題だ。しかも、電子メールや動画投稿サイトのユーチューブ、フェイスブックやツイッターなどのソーシャル・メディアの普及で電子データは幾何級数的に増殖し、「ビッグ・データ」と呼ばれるようになった。

 

スノーデン証言を連続スクープした「ガーディアン」紙は「個人データの量も情報活動の範囲も飛躍的に拡大する中で、サイバー空間で密かに行われている情報活動の是非を問い直す必要がある」と報道の意義を強調。NSAが大手検索サイトのヤフーやグーグル、フェイスブックと協力して個人情報を収集したり、インターネット上の情報を第三者に傍受されないようにする暗号化技術を解読したりしていた実態を暴き出した。暗号化技術の解読に成功すれば、フリーパスであらゆるインターネット上の個人活動を監視できるようになる。

一体誰が、いつ、インターネット上を飛び交うすべてのプライバシーにアクセスする権利を情報機関に与えたのかというのが「ガーディアン」紙の問い掛けである。しかし、同紙がスノーデン氏から入手した資料には命懸けで情報活動に携わる情報員の名前まで含まれていた。このため、キャメロン政権は同紙にスノーデン氏から入手した資料の破棄を命じたり、記事の執筆者のパートナーを拘束して所持品を没収したりする強硬手段に出た。「報道の自由」は「国家の治安」を守るためには制限されてもやむを得ないというわけだ。

9・11後に初代英内閣安全保障・情報問題委員会議長を務めたデービッド・オマンド元GCHQ長官はシンクタンク、英王立国際問題研究所での講演で、「2005年のロンドン同時爆破テロ以降、10数件のテロ計画があった」ことを明らかにし、年間のテロ対策費は米国が1兆ドル(約98兆円)、英国が30億ポンド(約4700億円)に上っている実態を示した。そのオマンド氏は「ガーディアン」紙への寄稿で「インターネットの自由を問うことこそ公共の利益だというスノーデン氏の論理は薄っぺらだ」と切り捨てた。

 

国家の安全をオマンド氏とスノーデン氏のどちらに託すかと聞かれれば、筆者はためらわずオマンド氏を選ぶ。国際都市ロンドンは常にテロのリスクと背中合わせだ。携帯電話やインターネット上の通信傍受、防犯カメラ、クレジット・カードや公共交通機関のパスの使用記録がテロ対策に活用されていることに疑問を持つ人はいないだろう。いつ、どこで起きるか分からないテロに対抗する有効な手段がそうした情報活動だからだ。しかし、国家権力による情報活動はもちろん無制限であって良いはずはなく、議会の秘密会などによる監督が必要になる。

日本では女優の藤原紀香さんが自身のブログで特定秘密保護法案について「国に都合よく隠したい問題があって、それが適用されれば、私たちは知るすべもなく、しかも真実をネットなどに書いた人は罰せられてしまう。。。なんて恐ろしいことになる可能性も考えられるというので、とても不安です」と書き込んだ。特定秘密保護法案に関するパブリックコメントは9万480件に達し、反対が77%、賛成は13%だった。死者13人、負傷者約6300人を出した1995年の地下鉄サリン事件の記憶が生々しいが、テロを防ぐための情報収集能力がどれだけ向上したのか、個人的にはそちらの方が心配になってくる。

 
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木村正人氏木村正人(きむら・まさと)
在英国際ジャーナリスト。大阪府警キャップなど産経新聞で16年間、事件記者。元ロンドン支局長。元慶応大法科大学院非常勤講師(憲法)。2002~03年米コロンビア大東アジア研究所客員研究員。著書に「EU崩壊」「見えない世界戦争」。
ブログ: 木村正人のロンドンでつぶやいたろう
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