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Thu, 19 September 2019

知って楽しい建築ウンチク
藍谷鋼一郎

テート・モダン - 火力発電所をリフォームして美術館へ

時の建築家として世界中にその名を轟(とどろ)かせているスイスの建築家集団ヘルツォーグ&ド・ムーロン。彼らの名を世に知らしめた出世作は、やはり国際設計競技を勝ち抜いたテート・モダンだろう。世界中から豪華な顔ぶれが集まった設計コンペは、建設前から注目度抜群のプロジェクトだった。

発電所から生まれ変わったテート・モダン
発電所から生まれ変わったテート・モダン

巨大なリフォーム

西暦2000年、ミレニアムを記念するプロジェクトの一環として、近代美術館「テート・モダン」は、テムズ河を挟んでセント・ポール大聖堂の向かいにオープンした。この美術館の外観のほとんどは、廃墟となった旧火力発電所を再利用している。すなわち、巨大なリフォームにより発電所として建てられた建物を美術館に転用した訳だ。

この計画は、コレクションの数が膨張しパンク寸前だったテート・ブリテンが、新しい美術館の建設地として大聖堂の対岸にある発電所を選び、デザイン案を国際的に募集したことに始まる。148のエントリーから日本の安藤忠雄氏を含む6名が最終選考に残り、スイスの建築家集団ヘルツォーグ&ド・ムーロンが最優秀賞に選ばれた。

かつての火力発電所は、20世紀の建築家ジャイルズ・ギルバート・スコット卿により設計された。美術館として生まれ変わったテート・モダンの影に隠れてすっかり忘れられがちだが、スコット卿による旧発電所は存在感のある力強い建物だった。この他にも彼は、学生時代に設計コンペで優秀賞に選ばれ代表作となったリヴァプール大聖堂や、同じくテムズ河畔にあり昨今のロンドン再開発の目玉的存在になっているバタシー旧火力発電所という具合に、数々の力作を世に残している。左右対称の古典的な美学、そして他の建物を圧する重々しいほどの存在感を作り出すのが氏の真骨頂と言うべきか。さらに驚かされるのは、ロンドンを象徴する「赤い電話ボックス」までもが、彼のデザインなのである。

時代を超えたコラボレーション

ヘルツォーグ&ド・ムーロンは最もシンプルなアプローチで旧建物の良さを最大限に引き出した。彼らのデザインは、旧火力発電所の威圧的で重厚な外観や巨大空間を生かしている。圧巻なのはエントランス部にある5層吹き抜けのタービン・ホールで、ここでは数カ月にわたり大空間を使ったアート・インスタレーションが催されている。最上部には白く輝くガラスの箱が軽やかに取り付けられ、対岸のセント・ポール大聖堂やシティの風景を眺めながら食事ができるバー・レストランが作られた。

旧設計者の意図とは異なり、発電所は美術館に転用された。もともと産業革命後、驚異的に発展した英国を支えたのはインダストリアルな工場や倉庫群だったはずだ。その名残を今日に伝える外観と、その中に繰り広げられるモダン・アートの世界。時代を超えた建築家、そしてアーティストたちによるコラボレーションは、現代アートの思想に最適だと言えるのではないか。

2012年完成予定の新館
2012年完成予定の新館

2012年増築計画が完成

ロンドンの新しい顔としてすっかり定着したテート・モダン。その人気ぶりからか、またもやコレクションが増大し、館内は手狭になったそうだ。そこで増築案が持ち上がり、2007年3月、同じくヘルツォーグ&ド・ムーロン設計による増築計画がサザーク区により認可された。今度は、重厚なレンガの建物ではなく、全く雰囲気の異なるメタリックな箱を積み上げた現代的な建物で、パフォーミング・アート・スペースなどの機能も拡張される。完成は、ロンドン・オリンピックの開催される2012年だという。

英国ではオリンピックが一つの転機となって、建設ラッシュだ。バブル時代に砂上の楼閣に奔走した日本と違い、ロンドンでは「壊れないバブル」として確実に文化遺産が築かれている。

 
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藍谷鋼一郎:九州大学大学院特任准教授、建築家。1968年徳島県生まれ。九州大学卒、バージニア工科大学大学院修了。ボストンのTDG, Skidmore, Owings & Merrill, LLP(SOM)のサンフランシスコ事務所及びロンドン事務所で勤務後、13年ぶりに日本に帰国。写真撮影を趣味とし、世界中の街や建築物を記録し、新聞・雑誌に寄稿している。
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