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Tue, 18 June 2019

知って楽しい建築ウンチク
藍谷鋼一郎

不完全な円形広場「サーカス」

ロンドンっ子や観光客に親しまれるロンドン屈指の目抜き通り、リージェント・ストリート。細い道が四方に張り巡らされ、ちょっと油断するとすぐに迷子になりそうな街ロンドンで、唯一の都市軸と言えるほどの存在感を示している。

ロンドンの目抜き通り、リージェント・ストリート
ロンドンの目抜き通り、リージェント・ストリート

バッキンガム宮殿へと続く道

後の国王ジョージ4世がプリンス・リージェント(摂政の宮)として政務を執っていた19世紀初頭、現在のリージェント・ストリートが完成した。ここは、王室領の狩場であった現在のリージェント・パークからバッキンガム宮殿へと続く「王家の道」だった。普通、都市軸と言えば一直線に象徴的なモニュメントを繋ぐ道を想像するが、ロンドンでは一味違う。土地の所有者である地主貴族の力が強過ぎて、真っ直ぐな道が作れなかったと言えばそれまでだが、曲がりくねった都市軸にこそ、英国人の価値観が滲み出ていると読めるのではないか。

不完全な円形広場

リージェント・ストリートを歩いていると、2つの大きな交差点にぶつかる。地下鉄の駅にもなっているオックスフォード・サーカスとピカデリー・サーカスだ。曲芸師の集まる「サーカス」を連想する人も多いが、都市計画においてサーカスとは「円形広場」を意味している。

円弧になっている、オックスフォード・サーカスに建つビルの上部
円弧になっている、オックスフォード・サーカスに建つビルの上部

しかし、この2つの交差点を見渡しても、丸い広場など見当たらない。かろうじてオックスフォード・サーカスに降り立ってその四つ角を見ていると、建物の角の曲線がつながって円弧を描いているように見えてくるぐらいで、ピカデリーの方はさっぱりだ。建築家ジョン・ナッシュは、密集したロンドンの街に幾何学的広場を捻出しようとした訳だが、中途半端な感は否めない。

そう、この都市軸は円形の広場(サーカス)、三日月形の広場(クレセント)、そして、4分の1円(クアダラント)を、要所要所に配置させることによって秩序を作っている。この手法は、実はローマ支配下に栄えた温泉保養地バースを見本にしている。18世紀、親子2代にわたってバースで活躍した建築家ジョン・ウッズ父子は、円形広場や三日月形広場、そして、四角い広場(スクエア)を巧みに操り、今日あるバースの街の骨格を作り上げた。この都市空間に感動を覚えたナッシュは、ロンドンの目抜き通りでその手法を実践したのだ。

オール・ソールズ教会の前にあるジョン・ナッシュの銅像
オール・ソールズ教会の前にあるジョン・ナッシュの銅像

レンガ肌に厚化粧

ナッシュは、リージェンツ・パークからポール・モールまでの「道路と建物」のほとんどを設計した。現存するものは少ないが、リージェント・ストリートの北端に建つオール・ソールズ教会や、公園に隣接するテラス・ハウスを見るとナッシュの作風がよく分かる。とりわけ、ルネサンス調の瀟洒(しゃだつ)な宮廷建築は、その真骨頂といえるだろう。

後部のみレンガが剥き出しになったテラス・ハウス
後部のみレンガが剥き出しになったテラス・ハウス

しかしながら、ここでもナッシュの詰めの荒さが顔を覗かせる。白塗りで華やかな表通りから一歩裏通りへ回ると、仮面が剥げ落ちる。つまり正面から見える所だけ、ハリボテのように石造風にレンガの建物を塗り隠しているのだ。とはいえ、当時は御主人様の歩く表通り、下人のための裏通り、テリトリーは明確だったのだから理に適っているとも言えよう。ナッシュは、完成品としての建築を求めるよりは、むしろ、舞台装置としての華麗な都市空間を演出することに興味があったようだ。

最後にもう一つウンチクを。南北をつなぐリージェント・ストリートを東西に行き来してみると、この通りを境に雰囲気がガラリと変わることに気付く。すなわち、お屋敷街のウエストエンドと、ソーホーなど下町的空気が溢れるイースト・エンドを見事に分断する境界線になっているのだ。それはまるで、裕福な貴族たちが「ここから先は、俺たちの領地だ」と言っているようにも思える。

 
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藍谷鋼一郎:九州大学大学院特任准教授、建築家。1968年徳島県生まれ。九州大学卒、バージニア工科大学大学院修了。ボストンのTDG, Skidmore, Owings & Merrill, LLP(SOM)のサンフランシスコ事務所及びロンドン事務所で勤務後、13年ぶりに日本に帰国。写真撮影を趣味とし、世界中の街や建築物を記録し、新聞・雑誌に寄稿している。
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