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Tue, 18 June 2019

知って楽しい建築ウンチク
藍谷鋼一郎

ウォータールー国際ターミナル

2007年11月14日、大陸への新しい玄関口としてセント・パンクラス・インターナショナル駅は華々しい 幕開けを迎えた。しかしそれとは対照的に、13年間ロンドンからの国際列車の発着駅として活躍したウォータールー国際ターミナルは、国際舞台から退くことになった。

「ロンドンの顔」として機能してきたウォータールー国際ターミナル
「ロンドンの顔」として機能してきたウォータールー国際ターミナル

もともと仮設工事だったターミナル

ユーロスター開通から13年の時を経て、ようやく整備されたHigh Speed 1(高速鉄道網)。これにより用済みとなってしまったのがウォータールー駅の国際ターミナルだ。もともと1994年のユーロトンネル(全長50.5キロ)開通に合わせていち早く鉄道網を整備したフランスやベルギーと比べると、英国の対応は遅れ気味だった。在来線の軌道を借用したため、英国に入ってからのユーロスターの減速ぶりは、即座にロンドンに帰ってきたことを乗客に実感させるほどだった。

ガラスと鉄のハイテク建築

ここで今一度、ウォータールー国際ターミナルの風景を振り返ってみよう。狭いコンコースを通り抜け、エスカレーターでプラットフォームに出るとようやく国際ターミナルの風格が出てくる。それもそのはず、もともと仮設ターミナルとして既存の駅舎に隣接して建設されているからだ。しかし、このプラットフォームに架けられたガラスと青く塗られた鉄の屋根は、建築史に名を残す名建築とされている。全長400メートルにも及ぶターミナルは王立英国建築家協会賞を受賞するなど、英国ハイテク建築の至宝的存在だ。線路の曲線に合わせ屋根を組んでいる訳だが、その結果、ガラスの鱗が重なることでうねるような曲面が作り上げられた。耐久性を求められない、仮設ゆえの大胆なデザインとも取れるが、結果的には鉄を使った大空間・ハイテク建築の持つ可能性や軽快な表現を世に知らしめることとなった。

内部は鉄を使ったハイテク建築になっている
内部は鉄を使ったハイテク建築になっている

第3のハイテク建築家

英国建築界の大御所ノーマン・フォスター卿やリチャード・ロジャース卿と比べると知名度は下がるものの、ウォータールー国際ターミナル建設を手掛けたニコラス・グリムショー卿(1939年~)もまた英国を代表するハイテク建築家だ。他の代表作には、英西部のコーンウォール州にあるバイオドーム、エデン・プロジェクト(植物園)がある。グリムショーの建築は、前述の両大御所に比べると表現の荒さが目立つ。しかし荒いが故に、一つ一つの部材(構造体)には、力を伝える要素としての純粋な力強さが素朴に表現されている。産業革命後に登場した、鉄を使った大空間の持つ力強さ、英国ハイテク建築の源流を追い求めているかのようである。

再びテムズ北岸へ

さて、ウォータールー駅を降りると、すぐ目の前にビッグ・ベン、シティのスカイラインなどロンドンの「顔」がある。名実ともに玄関口に相応しいし、テムズ河への距離感も最高だ。それに引き換え新駅は今一歩、ロンドンらしさに欠ける。

新ルートはロンドン大都市圏を東側から迂回する経路を通って、北側のセント・パンクラス駅に辿り着く。中継地にはケント北部のエブスフリート駅やオリンピック村のあるストラットフォード駅があり、開発の拠点が南から東へ移行した格好だ。国家的プロジェクトによる再開発で治安の悪い場所や経済効率の悪い場所を一掃し、地域活性化を図るスラム・クリアランスという手法は、2012年のロンドン・オリンピックが追い風になってますます東部地区に触手を伸ばしている。ウォータールー国際ターミナルの閉鎖とともに、テムズ南岸が忘れられた地とならないことを願いたい。

 
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藍谷鋼一郎:九州大学大学院特任准教授、建築家。1968年徳島県生まれ。九州大学卒、バージニア工科大学大学院修了。ボストンのTDG, Skidmore, Owings & Merrill, LLP(SOM)のサンフランシスコ事務所及びロンドン事務所で勤務後、13年ぶりに日本に帰国。写真撮影を趣味とし、世界中の街や建築物を記録し、新聞・雑誌に寄稿している。
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