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Sun, 08 December 2019

知って楽しい建築ウンチク
藍谷鋼一郎

カナリー・ワーフ Canary Wharf

大英帝国が栄華を極めていたビクトリア朝時代、貿易船はテムズ河を行き交い、ドックランズと呼ばれるタワー・ブリッジ以東の地域にはドック(埠頭)が並んでいた。しかし20世紀後半に輸送体系に変革が起きたことで、これらの埠頭のほとんどが閉鎖を余儀なくされた。

カナリー・ワーフ
山の頂を思わせる成層型のスカイライン

エンタープライズ・ゾーン

1980年代に次々と港湾施設が閉鎖されたことにより、かつて貿易で賑わった港町はすっかり荒れ果ててしまった。そこで英政府はこの地域の開発を促進させるために、建築規制が緩和された「エンタープライズ・ゾーン」を策定。これにより、ドックランズにある倉庫群は集合住宅やオフィスなどにリフォームされていくことになった。そんな中、かつて西インド・ドックと呼ばれた辺りに金融副都心を開発するという企画が持ち上がる。アイル・オブ・ドックと呼ばれる半島状の広大な遊閑地を再開発し、金融街シティに対抗しようとする案だった。

カナリー・ワーフ
まるで未来都市のような都市デザイン

ロンドンの新たな金融都市に

ロンドン東部に、200メートルを超える3本のシンボル・タワーが中心にそびえる地区がある。これこそロンドンに誕生した金融都市カナリー・ワーフだ。この都市開発計画に莫大な資金を投資したのは、オリンピア・ヨークというカナダの開発会社や、クレジット・スイス、シティ・グループ、モルガン・スタンレーなどといった外資系会社。これまでロンドンの金融街として知られてきたシティ地区にあるオフィス・ビルは床面積の小さいものがほとんどで、トレーダー向けの大フロアを持つビルが渇望されていたという事情もこの再開発を後押しした。

カナリー・ワーフ
噴水が特徴的なキャボット・スクエア

マスター・プランを作成したのは、私が昨年まで勤務していた米国の組織設計事務所SOM。SOMは計画を進める上で、ロンドンらしい手法を取り入れた。つまり、ロンドンの地主によるエステート開発に特徴的な、緑豊かなオープン・スペースを街区の中心に作ったのだ。高層ビルの高さや大きさ、つまり縦・横・高さと3次元的なボリューム規制をかけることで、富士山のように成層型の奇麗なスカイラインを実現している。

カナリー・ワーフ
カナダ・スクエアはビジネスマンの憩いの場

倒産を経て開発ブームに

ところが順風満帆と思われたドックランズ開発公社も、思ったようにテナントが集まらず倒産の憂き身に遭う。頼みの綱だった地下鉄ジュビリー線の延長工事が、遅々として進まなかったことが赤字経営を決定的にした。計画当初は「あんな東の外れに副都心を作っても絶対、失敗する」という意見も聞かれたが、その予言は現実のものとなった。

しかし1995年、先のオリンピア・ヨークは別の投資家集団を引き連れ、カナリー・ワーフ・グループという新会社を立ち上げ第2期工事を始める。中心部にあるワン・カナダ・スクエアの両脇にはシティグループ・センターとHSCBが完成してシンボル・タワーが勢揃いした。ちなみに、カナダ・スクエアの名はカナダの開発業者が計画に関わったことに由来する。

現在は第2期工事もすっかり完成し、名実共に金融副都心として定着した。その波及効果からか、カナリー・ワーフ周辺の集合ビル開発にも拍車が掛かっている。高所得の金融マンのウィークデー・ホームにと、1ベッドルームやスタジオ・アパートなど小型住戸の需要が高いのもこの地区の特徴だ。カナリー・ワーフから少し東に向かったウッド・ワーフ地区では既に第3期計画が水面下で動いているなど、開発ブームはまだまだ収まる気配がない。

 
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藍谷鋼一郎:九州大学大学院特任准教授、建築家。1968年徳島県生まれ。九州大学卒、バージニア工科大学大学院修了。ボストンのTDG, Skidmore, Owings & Merrill, LLP(SOM)のサンフランシスコ事務所及びロンドン事務所で勤務後、13年ぶりに日本に帰国。写真撮影を趣味とし、世界中の街や建築物を記録し、新聞・雑誌に寄稿している。
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