Wed, 18 October 2017

知って楽しい建築ウンチク
藍谷鋼一郎

バロック建築

ポルトガル語の「歪んだ真珠」が語源と言われるバロック様式。17~18世紀にかけて発達したこの様式は、ルネサンス運動が始まったイタリアを中心に発達し、フランスやドイツに伝播した。ただ、英国では古典様式が好まれたため、大陸諸国に比べあまり発達しなかったようだ。

「歪んだ真珠」の誕生

バロック建築
圧倒的な存在感を持つ
セント・ポール大聖堂(英国)

バロック建築の幕開けの舞台となったのは、ルネサンスが謳歌されたイタリアだった。当時、イタリア建築の中心はすでにフィレンツェからローマへと移行。そのため、バロックを代表する建築はローマに多く残されている。

中でも、イタリア人建築家ボッロミーニの傑作であるサン・カルロ・アッレ・クワトロ・フォンターネ教会は、最も美しいバロック建築と言われる。また、バチカン市国のサン・ピエトロ聖堂前に作られた大広場は、バロック的なデザインの始まりとされている。というのも、この大広場は楕円形であり、バロック以前に一般的に用いられた丸や三角、四角といった純粋幾何学とは一線を画しているからだ。比例と均衡を重視した静的なルネサンスと比べ、変化を求める動的なバロックは、演劇的な建築空間とも評価された。また、バロック建築は都市空間の中で舞台装置のような役割も担い、遠近法など奥行き感を強調する手法も発達。ほかにも、波型の曲面やねじれた柱、あるいは装飾的に2本の双子柱を用いるなど、それまでの常識を覆すような斬新なデザインも生まれた。

バロック建築
(左)華やかなバロック都市、パリ(フランス)(右)サン・ピエトロ聖堂前に広がる広場(バチカン市国)

バロック都市とロンドン

バロック建築
ボッロミーニの傑作、サン・カルロ・
アッレ・クワトロ・フォンターネ教会
(イタリア)

モニュメントを中心に放射状に道路を張り巡らせ、都市空間を劇的に演出したものを「バロック都市」という。華やかな街パリや古代都市ローマは、バロック都市の典型的な例だ。パリにあるエトワールの凱旋門に登ると、そこから四方八方に走る街路の様子が良く分かる。そして英国に目を向けてみると、ちょうどこの時期に、大建築家クリストファー・レン卿(1632~1723年)が手掛けたセント・ポール大聖堂が完成している。

旧セント・ポール大聖堂は1666年に発生したロンドン大火により倒壊したが、その後レン卿の手により、35年の歳月を経て1710年に再建された。三日三晩燃え続けたこの大火災ではシティにある既存の街並みのほとんどが焼き尽くされ、ロンドンにおける中世的な雰囲気はすっかり消え去ってしまった。そこでレン卿は、バチカン市国のサン・ピエトロ聖堂に匹敵する大聖堂をロンドンに建てただけではなく、ロンドンという都市自体をもバロック化させる計画を立案した。焼け野原となったシティ全体の復興計画、すなわちセント・ポール大聖堂とバンクにある旧王立証券所を中心に放射状の道路を張り巡らし、さらに、いくつもの都市広場を建てることを提案したのだ。

この計画が実現したならば、ロンドンもパリやローマに劣らぬ、劇的な都市空間を確立していただろう。だがこの案が陽の目を見ることはなく、もともとあった路地のような細い道が再び都市の骨格として再整備されるだけとなった。とはいえ、セント・ポール大聖堂のドームは、今もロンドンのシンボルとしてその雄姿を誇っている。たとえバロック都市の中心ではなくとも、その美しいドームはシティの中核に存在し続けている。

 
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藍谷鋼一郎:九州大学大学院特任准教授、建築家。1968年徳島県生まれ。九州大学卒、バージニア工科大学大学院修了。ボストンのTDG, Skidmore, Owings & Merrill, LLP(SOM)のサンフランシスコ事務所及びロンドン事務所で勤務後、13年ぶりに日本に帰国。写真撮影を趣味とし、世界中の街や建築物を記録し、新聞・雑誌に寄稿している。
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