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Sat, 17 August 2019

知って楽しい建築ウンチク
藍谷鋼一郎

田舎と都会が合わさった理想郷 ~ガーデン・シティ~(その1)

田舎の良さと都会の良さを合わせたような町があれば、そこにはきっと最高の住み心地があるだろう。今から100年前の英国の地に、そんな理想郷を生み出す試みが沸き起こった。経済学者エベネイザー・ハワードの理念の下に作られたこの町を、ガーデン・シティ(田園都市)と呼ぶ。

長閑な田園都市の趣きを維持するレッチーワースの町並み
長閑な田園都市の趣きを維持するレッチーワースの町並み
長閑な田園都市の趣きを維持するレッチーワースの町並み

世界初の田園都市

1902年、ロンドンから北へ50キロの地に世界最初のガーデン・シティ、レッチワースが産声をあげた。この試みは産業革命による工業化がもたらした負の遺産、すなわち労働者階級の人々の劣悪な住環境に対する救済処置でもあった。その頃に経済を発展させた工業は都市に人口爆発を引き起こし、低所得の貧困者住区やスラム街を加速度的に形成していったからだ。

そんな時代に「いつかは庭付きの一戸建て住宅に住みたい」という庶民の「家」に対する憧れを安価に実現させたのがレッチワースだった。余談だが日本では東急不動産の前身会社がこの町作りに感激し、東急沿線に「田園調布」を建設している。

100年経った現在では

都市と田舎を共存させることをスローガンに投資家を募り、田園都市株式会社(現在のレッチワース田園都市財団)は設立された。ここでは庭付きの一戸建て住宅や二戸建て住宅が低密度に配置され、周りにはグリーンベルトのように農地が巡らされて市街化の拡大を抑止している。しかも町中には公園や並木道が散りばめられるなど、現在でも当初の計画通り、絶妙なバランス感覚で長閑な田舎の風景と都会の便利さが共存している。

また単なるベッドタウンに陥らないよう、軽工業工場などを誘致し職住隣接を目指した名残は今も息づいている。町の中心部には、日常的な買い物ができる商店街、博物館・美術館などの文化施設に映画館などの娯楽施設が軒を連ね、小都市としての機能は十分。計画人口は3万3000人と小さめだが、田園風景の長閑な雰囲気を壊さないためには、このくらいの人口と密度が最適なのかもしれない。

Letchworth
Letchworth
レッチーワース

デザイン・ガイドライン

しかし、グリーンベルトを張り巡らせたり、公園を設立したりするだけでは、この独特の佇まいを維持することは難しいだろう。だからこそ屋根の形や壁、さらには窓の色に至るまで統一感を出すための様々な規制が存在する。

レッチワースでは建物の増改築が制限され、町のスケール感覚に見合った建築計画しか許可されない。奇抜なデザインの建物は、この町では御法度な訳だ。一見すると厳しい規制だが、町の調和ひいては環境維持のためには必要条件と言えるだろう。それ故に田園都市という町のイメージは損なわれておらず、その独特な雰囲気を求めて人が移り住む。開発を抑制したため、現在では逆に不動産価値が上がっているのだ。

田園都市では作られた自然が付加価値となっている。そこでは、高密度な都市開発だけが不動産価値を生み出すわけではないことを人々に教えているのだ。

 
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藍谷鋼一郎:九州大学大学院特任准教授、建築家。1968年徳島県生まれ。九州大学卒、バージニア工科大学大学院修了。ボストンのTDG, Skidmore, Owings & Merrill, LLP(SOM)のサンフランシスコ事務所及びロンドン事務所で勤務後、13年ぶりに日本に帰国。写真撮影を趣味とし、世界中の街や建築物を記録し、新聞・雑誌に寄稿している。
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