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Sat, 20 April 2024

書家 小林芙蓉氏 インタビュー書家 小林芙蓉氏 インタビュー

ロンドン市内では、7月下旬から8月上旬にかけて、東日本大震災を受けて世界各国から送られた支援に対する感謝の気持ちを伝えるイベント「ジャパン・フェスティバル」が開催された。同フェスティバルの大会名誉会長として、「ありがとう」の文字を書き続けた書家の小林芙蓉氏に話を伺った。


小林芙蓉(こばやし・ふよう)氏

1976年から77年にかけてオーストラリア国立大学日本語学科で書と俳句を指導。楷書から行書、草書、前衛書まで含めた幅広い作品を制作。国際親善で多くの国を回り、「筆が織りなす日本の心」を世界に紹介している。

東日本大震災の発生時には何を思いましたか。

震災発生時には私は東京におりました。テレビを通じて映し出される悲惨な状況を見ながら思ったことは、まず「被災者の方々のお水はどうなったんだろう。食べ物はどうしているんだろう」ということ。また長期的には、水について考え直すきっかけになりました。書家にとって、水は非常に大切なものです。私は、日本や海外各地を回りながら良質の水を集めています。今、冷蔵庫に保管しているお水の種類は全部で680種。この680種のお水を使って、墨をするのです。それぞれの水やその配合具合によって、墨の出方が全く違うんですよ。ただその水が、この度の震災では大津波という形で凶器になったわけですよね。人の命を奪う脅威としての水の怖さを改めて思い知りました。


小林氏による「ありがとう」の文字が書かれた番傘

震災後はどのような活動を行っていましたか。

被災地を含む各地で自分の作品の展示会や講演会などを開いていました。そうした活動をしている最中に、今回、ロンドンで開催された「ジャパン・フェスティバル」の総合プロデューサーである井上康治氏と出会う機会に恵まれまして。その際に、被災地となった、すずりの生産量で日本一を誇る宮城県雄勝町に震災後に残ったというすずりを彼が同町から預かっているという話を聞いたのです。

私も普段から雄勝町のすずりを使用しておりまして、墨の当たり具合がとても良いんですよ。すずりは、雄勝町のものがやはり日本一でしょう。その雄勝町が被災したと聞いて、日本人の一人として、そして書家として、非常につらく思っていました。すると、井上氏が「復興のために雄勝町のすずりを使って文字を書いて、そして雄勝町に返しましょう」という提案をしてくれて。その一言を聞いて、書道家冥利に尽きる、と思いましたね。

被災者の方々とお話される機会はありましたか。

震災発生後に、岩手県釜石市を訪れたことがありました。バス停で涙をぬぐうお年寄りの姿を見たときに、「私たちのように生かされている者が何かできることはないだろうか」と思いましてね。その後も各地での講演会などを通じて、たくさんの方々の心や笑顔に触れることができたことがとても印象に残っていたので、それからは被災地で文字を書く際に「ありがとう」という文字を書くようになりました。


会場には、宮城県雄勝町に震災後に残ったというすずりと一緒に、
同町と友好関係を持つ、毛筆の生産で日本一の広島県熊野町の筆が展示されていた

「ジャパン・フェスティバル」の開催に合わせて渡英されて、最も印象に残ったことは何ですか。

井上氏から、東日本大震災に対する世界各国からの支援に対して感謝の気持ちを伝えるという趣旨の下で「ジャパン・フェスティバル」をロンドンで開催するという話を聞いて、すぐに参加を決意しました。そして、ここで私が書のパフォーマンスを行うという機会まで用意いただいて。陸前高田市気仙町に伝わる「けんか七夕太鼓」の演奏に合わせて「ありがとう」と書いたのですが、驚いたのが、私がこの文字を書き上げたときに太鼓の演奏もちょうど終わったこと。タイミングを合わせようと事前に打ち合わせをしていたわけでもなく、また時間を計っていたわけでもありません。ただ息がぴったりあったのです。これってすごいことですよね。

フェスティバルの開催期間中には「竜」という文字も書かせていただいたのですが、このときも驚きがありました。意図したわけでもないのに、文字の中に、鱗(うろこ)のような模様が現れたのです。意識して鱗模様を出そうとしても、絶対にできないでしょう。もしかすると、墨をする際に、ロンドンの水を混ぜて作ったことで生まれた作用かもしれません。


小林氏が「竜」の文字の中に現れた鱗模様

墨をする際に普段使っている水に含めたという、ロンドンの水道水についてはどのような印象を持ちましたか。

ロンドンの水道水は硬水ですよね。本当は、墨をするには軟水の方が適しているのです。正直なところ、硬水は墨をすりにくくするので、すずりには数滴だけ入れました。

また今回の渡英に際しては、温泉地として有名なイングランド南西部バースのお水を持って帰ろうと思っているんです。その水を被災地の温泉水と合わせて、まだ現在でもお風呂屋さんが不足している場所に寄付するという話を井上氏と一緒にしております。何と言っても、お風呂屋さんは皆の憩いの場ですからね。震災のニュースを聞いていて、お風呂が不足しているという話が一番印象に残りました。顔も髪も洗いたいだろうし、ゆっくりと湯船に浸かりたいだろうし。「お風呂に入る」って、日本に住んでいれば、当たり前にできる日常的な行為ですよね。でも被災者たちにとっては、その当たり前がないんですよ。

墨をすっていると、「この色が一番良い」というところでピカっと光ります。また墨は昔から病人や若い女性にすらせた方が良いと言われているくらい、デリケートなものです。春夏秋冬があって感性を養いやすい環境に囲まれながら暮らしている日本人は、墨や水といった、繊細さを求められる物の扱いに関心を向けてきたのでしょうね。そして、まさに今こそその感性を持って、他人の悲しみや苦しみを理解し、そして私たちにできることは何かということを考えるべきなのだと思います。


小林氏の作品展示会が行われたブロードゲートのウェルカム・センター


展示会に並べられた作品の中には、英字で書かれたものも

 

ジャパン・フェスティバルで開催された主なイベント

ウェルカム・コンサート

届け復興の響き」と題して、被災地となった岩手県陸前高田市気仙町に伝わる「けんか七夕太鼓」の保存会がロンドンの金融街シティで演奏

小林芙蓉展

「世界の人々と一緒に作る和心DAY〜世界の平和の祈願と日本の和文化を学ぶ一日〜」と題して、書家の小林芙蓉氏による「ありがとう」「絆」「結」などの作品を展示

縁ミュージアム

ロンドンのシティ地区ブロードゲート・サークルにて、東北に縁のある人々を取り上げた東日本大震災関連のパネル・動画・作文などを一般に公開。震災発生直後の状況から、復興の過程、被災地の人々の声や同地に寄せられた応援メッセージなどを紹介する展示物が並べられていた

伝えよう3.11「ありがとう」サミット

東日本大震災における米軍の災害救助・復興支援「トモダチ作戦」に深く関与したハーバード大救急科医師の有井麻矢氏(写真右端)を特別ゲストに迎えてのパネル・ディスカッションを実施

Special Thanks to Broadgate, the Welcome Centre

 

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