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Wed, 24 April 2024

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

スコットランド独立後の核戦力の行方は - スコットランド国民党は核ミサイル撤去を主張

BBC テレビで放送中の連続ドラマ「Vigil」をご覧になっていますか。英海軍原子力潜水艦の中で起きた殺人事件をスコットランド警察の女性刑事2人が捜査していく物語です。潜水艦内部そして外の世界のやり取りを交互に挟み、スリル満点のドラマになっていますね。

実は今、ちょうど核ミサイルを搭載した潜水艦の将来に大きな関心が寄せられているところです。というのも、潜水艦の母港はスコットランド西部クライド海軍基地になるのですが、スコットランド自治政府の与党、スコットランド国民党(SNP)は、もし英国からの独立が実現した場合、核戦力の撤去を主張しているのです。

独立が果たして実現するのか今のところ不明ですし、独立の是非を問う住民投票の時期も確定していません。SNPのニコラ・スタージョン党首・自治政府首相は2023年後半までの住民投票実施を目指しているのですが、ボリス・ジョンソン首相が許可しない意向を示し、身動きが取れません。でも、移転には長い年数がかかりますし、中央政府は選択肢を想定しておく必要がありそうです。

SNPの党大会開催を翌週に控えた9月1日、「フィナンシャル・タイムズ」紙にスクープ記事が出ました。政府が潜水艦の母港移転計画を極秘に策定していた、というのです。移転先の選択肢は三つです。まず、英南西部デヴォンに位置する海軍デヴォンポート基地に移転する案。費用は約40億ポンド(約6080億円)に上ります。二つ目は同盟国内での移転案。例えば米ジョージア州キングズ・ベイ基地、それに仏ブルターニュ地方ロング島も候補に挙がったそうです。同島は全体が仏海軍の原子力戦艦の基地です。でも他国に自国の核戦略の拠点を置くというのも変な話ですね。国としての主権にもかかわってきます。三つ目として、独立したスコットランドの中に英国の統治が及ぶ特別地域を設置し、土地を借りる形で現在の基地を使う案です。

移転案報道に対し、国防省は「クライド基地からの移転計画はない」と返答しています。一方SNPの方は、「独立後、スコットランドは核兵器の本拠地にはならない」と述べています。真っ向から対立していますね。

英国が核兵器を所有するようになったのは1952年から。米国、ソビエト連邦に次いで世界で3番目です。核軍縮を目的とする「核拡散防止条約」(NPT)が規定する五つの「核保有国」の中の一つが英国です。80年代末の冷戦終了を機に、英国はNPTの取り決めに沿って軍縮方向に進みました。現在の核戦力は、潜水艦から発射される弾道ミサイル「トライデント」による運用のみ。トライデントを搭載するヴァンガード級原子力潜水艦は4隻で、少なくとも一隻は戦略的巡回任務に就いています。保有する核弾頭は冷戦のピーク時には520発に達しましたが、次第に減少させ、2020年には195発に。2020年代半ばには上限180発まで減少させる予定でしたが、今年3月、政府は今後の外交安全保障政策の方向性を示す「統合レビュー」を発表し、核増強を宣言しました。保有する核弾頭の上限を260発に引き上げることにしたのです。「核兵器のない世界を目指す長期的な目標」は変わらないのですが、「安全保障をめぐる環境が変化しているため」、核増強の選択となったそうです。

核兵器支持派は保有によって国として独自の紛争抑止力を持てる、英国が加盟国の北大西洋条約機構(NATO)の安全保障能力を増大させる、世界の主要国としての名声を得られるなどの理由を挙げています。保有反対者はこのような大量破壊兵器を道徳面から使用するべきではない、実質的な抑止効果がないなどと主張しています。現在の運用には年間25億ポンドかかり、通常の武器装備や国民の生活を直接支援する分野に投資するべきという根強い声もあります。核戦力をスコットランドから移転させるのかどうか。議論が活発化しそうですね。

キーワード

Vanguard class nuclear-powered submarine(ヴァンガード級原子力潜水艦)

潜水艦発射弾道ミサイルを搭載した英海軍の原子力潜水艦。英国唯一の核戦力で、ヴァンガード、ヴィクトリアス、ヴィジラント、ヴェンジャンスの4隻。クライド海軍基地が母港。各艦はトライデントD-5型ミサイル16基を搭載でき、核ミサイルは7000キロ余り先にあるターゲットを攻撃可能。全隻はドレッドノート級原子力潜水艦に代替され、1番艦の納入は2030年代台後半の見込み。

 
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