野外音楽祭でパンク・デュオが「ヘイトスピーチ」BBCが「イスラエル国防軍に死を」の呼び掛けを生中継
毎年初夏、英南西部サマーセットの農場で開催される野外音楽祭「グラストンベリー・フェスティバル」。今年は6月25日から4日間の日程で行われ、多くのメディアがその様子を報道しましたが、「ヘイトスピーチ」問題が大きな注目を集めました。その渦中にいたのがパンク・ラップ・デュオ「ボブ・ヴィラン」(Bob Vylan)です。「え? あのフォーク歌手のレジェンド、ボブ・ディラン?」筆者は一瞬2016年にノーベル文学賞を受賞した米ミュージシャンを想起したのですが、実はロンドンを拠点とする2人組のバンドのことでした。ボーカル兼ギターを担当するのが「ボビー(Bobby)・ヴィラン」で、ドラムが「ボビー(Bobbie)・ヴィラン」。プライバシーを守るために命名したそうで、特にボブ・ディランのファンではないとのこと。でも、笑ってしまうようなおかしさがあるので「ボブ・ヴィラン」に決めたそうです。二人合わせて「ボブズ」。ディラン(Dylan)と思わせて実は違い、そしてつづりは異なりますが「ヴィラン」(Villain) というと「悪人」という意味になりますから、相当凝った名前ですね。
さて、笑ってはいられない事態が生じたのは6月28日、ボブ・ヴィランが音楽祭に登壇したときです。この中でボーカルのボビー・ヴィランが「パレスチナに自由を」と叫び、続いて「IDF(イスラエル国防軍)に死を」と呼び掛けたのです。後ろのスクリーンには「国連はこれをジェノサイド(集団虐殺)と呼んでいる。BBCは『紛争』と呼ぶ」というメッセージが映し出されました。BBCは音楽祭を生中継し、そのメッセージがお茶の間にそのまま流れました。呼び掛けはイスラエル兵の殺害を扇動しているように聞こえ、放送後、一斉に非難の声が上がりました。キア・スターマー首相は同29日、「ひどいヘイトスピーチだ」と非難し、BBCが生中継したことについても「説明責任がある」と指摘しました。在英イスラエル大使館は、音楽祭での「扇動的で憎悪に満ちた」発言に不快感を表明。音楽祭の主催者側はヴィランの発言は「明らかに一線を越えていた」との見解を示しました。地元警察はボブ・ヴィラン及びその後に登場したアイルランドのヒップホップ・グループ「ニーキャップ」について「公衆秩序違反」として捜査を開始しました。ニーキャップは過去にイスラエルによるガザ地区での軍事行動をジェノサイドと表現しています。30日、米国務省は「憎悪に満ちた暴言を踏まえ」、デュオのビザを失効させたと発表しています。ボブ・ヴィランは10月下旬から開始予定だった米国ツアーを中止せざるを得なくなりました。これ以外にも出演予定のイベントが中止される事態が相次ぎましたが、デュオはソーシャル・メディアに「沈黙は選択肢ではない。私たちは大丈夫だ。苦しんでいるのはパレスチナの人々だ」と投稿しています。ボブ・ヴィランは声明文の中で、「私たちはユダヤ人、アラブ人、その他の人種や集団の死を望んでいるわけではない。求めているのは、暴力的な軍事機構の解体だ」と書きこみました。
「イスラエル国防軍に死を」と聴衆に呼び掛ける行為は、筆者も「一線を越えている」と思いました。でもこのデュオを音楽祭に出演させない、あるいは放送しない選択肢は、表現の自由の観点から批判が発生したかもしれません。2023年10月にパレスチナのイスラム組織ハマスがイスラエルに大規模な襲撃を仕掛け、イスラエルがハマスの壊滅と人質の奪還を掲げてガザ地区への大規模な攻撃を始めてから、ガザ地区は壊滅状態になっています。イスラエルの継続した攻撃を「自衛権の行使」として支持し続けるのか、あるいは非難するのか。現在、イスラエルとガザの紛争はより一層人々の強い感情を掻き立てるトピックになっています。ボブ・ヴィランの呼び掛けはアーティストならではの挑発行為として、私たちに考える種を提供したのではないでしょうか。
ボブ・ヴィラン(Bob Vylan)
2017年に結成されたパンク・ラップ・デュオ。階級闘争、性差別、人種差別、警察の残虐行為などをテーマとする。ボーカルとギターを担当するボビー・ヴィランの本名はパスカル・ロビンソン=フォスターで、詩人でもある34歳。10代から活動開始。2000年以降、デュオはこれまでに4枚のアルバムをリリース。