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新井 純治 (あらい じゅんじ)
エクスレイヤ社マネージャー。1970年2月16日生まれ、2004年4月に渡英。小学生よりスキーを始め、スキーをこよなく愛する。一度雪原に繰り出せば、その姿は雪に喜ぶ犬の様。モットーは「自分に正直に生きる」こと。
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まだ私が大学生だった時にアルバイト先で出会った、ミュージシャンをしている29歳になる先輩がいた。その先輩は長年付き合っている彼女もいたため、そろそろそのままミュージシャンをやっていくのかどうか決めなければならない時期であった。その先輩から、「何で俺が音楽をやめられないかと言うと、音楽をやっているとある種のスピード感を覚えるからなんだよね」と私に話してくれたことがある。今回は、私がコンピューターの世界から抜け出せない理由をお話ししたい。
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想定外だったサラリーマン生活 |
私は、本当はサラリーマンにはなりたくなかった。なりたくなかったと言うよりは、両親の兄弟(全11人!)にサラリーマンがおらず、全員が手に職を持っていたり自分で会社を興していたりしたこともあり、自分もサラリーマンにならないのが当たり前だと考えていたし、私もそれを望んでいた。実際、高校から大学時代にかけてはスキーのインストラクターや、当時はそれほど活躍の場がなかった電飾デザイナーなど、人を「魅せる」職業に就きたいと考えていた。
しかし、スキーのインストラクターは「私をスキーに連れてって」のブームの終焉とバブル崩壊により全く儲からない職業に、電飾デザイナーは最低10年の修行が必要と言うことでギブ・アップ。もともと保守的なのか腰が重いのか現実主義なのか、時の流れに身を任せサラリーマンに。しかも、鉄鋼最大手のIT子会社という、安定した堅い会社に就職することになった。
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美しき3Dチャット |
時は流れて私が30歳の時、課長昇進試験があった。私は常日頃から自分はこれでいいのかと自問することが多いが、この課長昇進試験ではいろいろな思いをし、いつもより深く自分を見直した。「何で俺はこの仕事を続けているんだろう。このままでいいのだろうか?」と……。子供の頃から細かいことが大好きで、時計などを分解して仕掛けを理解することを楽しんでいたような性格だったためか、コンピューターの仕事は嫌いではない。が、もともと人を魅せる仕事をしたかったわけだし、サラリーマンになる気はなかったはず。そしていろいろ考えた挙句、1つの答えを見つけた。
ちょうどこの頃、3Dチャットのシステムを担当した。今でこそ「アバター」と言う言葉が当たり前のようになっているが、このシステムはその走りである。このプロジェクトでは1万人のユーザーに耐え、予算内に収まるように無駄を省きながらも信頼性・拡張性に富んだシステムを設計しなければならなかった。結果的に数十台のサーバー・数十台のネットワーク機器と比較的大規模なシステムとなったが、自分の設計通りにことが進み、実際にユーザーが3Dチャットでお喋りをしているのを見た時は、このシステムに対し「美しさ」を強く感じた。
このシステム設計には1カ月を要した。1つのサーバーやネットワーク機器だけで小さいもので数百、大きいもので数万通り以上の設定を考えなければならないのである。システムの設計をする時は、本来それらの組み合わせをすべて考えなければならないのだが、通常はスケジュールと予算の関係から全部を検証するわけにはいかないので、必ず何らかの不具合が見つかり大幅に妥協しなければならないことが多い。しかしこの3Dチャットのシステムでは、万事が設計通りに進んだのだ。
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芸術としてのシステム設計 |
コンピューターの仕事をしていると芸術的な何かを感じることがある。「機能美」とでも言うのであろうか。特にシステムの設計段階は創造力の集大成のようなもので、一見理詰めの作業の繰り返しのように思えるかもしれないが、実は職人技のような「大局」を見られるかどうかが鍵となる。この「大局」が自分の思い通りに具現化された時に「美」を感じるのである。これが、私がこの仕事を続けている1つの大きな理由である。
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だからITはやめられない |
コンピューターの世界は皆さんもご存知の通り日進月歩で、非常に刺激に溢れている。とは言え、社会人になったばかりの頃は子供のように毎日感動し「美」を感じていたが、今はさすがにその頻度は少なくなってきている。少ないながらも、しかしいまだに「美」を感じることはある。私はこの「美」をコンピューターの仕事に対して感じていられる限り、この職業を辞めることはないだろう。
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