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第4回 ウィリアム・シェークスピア

イギリスの名言のうち、日本人に最もよく知られたものといえば、ハムレットのこのセリフであろう。かつては「生きるべきか死すべきか、それが問題だ」と訳されていたが、その大仰な深刻調が気恥ずかしさを覚えさせるのか、しばしばパロディの対象にもなった。

このセリフの後には、暴虐の運命に耐えるべきか、武器をとり立ち向かうべきか、という問いかけが続くところを見れば、標題に挙げた訳文の方が原義に近い。この訳で読めば、近代的な顔を持つ主人公の苦悩に満ちた独白に聞こえる。生死の分かれ目というより、忍従か行動か、態度決定を自らに迫る問いと心得るべきなのである。

デンマークの王子ハムレットが、何故このような問いを発しなければいけなかったか。それは、身の周りをあまりの理不尽が取り囲んだからである。父である先王の不可思議な死後、その弟が王位につき、王冠とともに母までも得た。邪悪な陰謀は秘せられ、真実は闇に葬られようとしている。ハムレットは真実を知る者として、孤独を深くせざるを得ない。

さて、私は王子ではないし、父を殺されたわけでも、母を寝取られたわけでもない。だが、このハムレットの胸を塞ふさいだ煩悶はんもんは、何度となく経験させられたものである。20年近くも勤めた会社を辞め、第2の人生に賭けるべきかどうか、自分自身に問うた数は限りない。身の周りに渦を巻く理不尽に、目を瞑つむることができなかったのだ。

結果として私は「not to be」の方を選択し、イギリスに来た。それが成功であったかどうかは、わからない。ただ、やむにやまれぬ必然の道であったとは思っている。また、イギリスが理不尽を免れたパラダイスであるなどとは、今もって思ったためしがない。人生は、理不尽の海である。どこに行こうと、生きる限り、理不尽がつきまとう。ハムレット的な煩悶はんもんは、幕場や舞台を変えて、永遠に続くもののようである。

実は、「To be or not to be」の自問が声を上げ始めた時には、既に心の中はイーブンではない。後者に傾き、その後押しとなる理屈を探している。それでも、振り子の揺れはあった方がいい。「not to be」が閃ひらめくや、即座にアクションを起こすようでは、人間味が薄い。男であれ女であれ、生き一本という名の無鉄砲を、私は称揚したくない。

人間、辛抱だともいわれる。我慢も大事。しかし、飛翔も大事だ。決断の時を睨み、その時を感じたら臆さずに飛ぶ。そう考えれば、ハムレットの有名なセリフは、2極分化の運命論ではなく、しかるべき時期を模索する決断への意志のように見えてくる。


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