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第74回 中央銀行総裁の仕事

シティのオールドレディ*

地下鉄セントラル線バンク駅の真上に、英国の中央銀行であるイングランド銀行(BOE)がある。モアゲイト駅方向の塀の高さは30~40メートルもあろうか。王の圧制に対し、暴徒が王の資金の面倒をみていたBOEを襲ったことからこの高塀は生まれた。建て増しを繰り返したため迷路のようになった内部の1階には、マーヴィン・キング総裁の執務室がある。彼が好きなクリケットのラケットとサッカー・クラブ「アストンビラ」の旗が置いてある執務机からの中庭の眺めは美しい。

2期目の初年を迎えた総裁は各方面に難題を抱えている。今にして思えばバブルだった金融市場は、彼がサブプライム問題について楽観的な発言を議会でした後で資金供給を余儀なくされ、ノーザン・ロック破綻では日銀の山一証券特融を上回る約5兆円もの融資を行った。ロンドン市場では各国債を担保にした安全なレポ取引ですら取引相手の信用リスクが問題となり取引量は著しく縮小している。1999年に労働党政権の下で政府から独立して以降、BOEの中心的な仕事はエコノミストによる経済調査を前提に、金融市場への資金提供と回収(債券を売戻条件付で購入する)により資金需給を調節して金利を決めることで物価安定を図ることだとされてきた。

しかしノーザン・ロックの破綻以降、その不十分性がはっきり認識された。問題はA)市場時代における金融庁検査の非タイムリー性、B)市場と取引を通じて接している中央銀行BOEと検査当局FSAの情報共有連絡の悪さの2点だ。BOEはFSAから肝心な情報が来なかったと述べているようだ。それにもかかわらず、英国財務省の2月の金融システム監督制度改善に関する報告には、BOEの金融システム安定にかかる権限を法律上明記することとBOEとFSAとの連絡を良くする、ということしか書かれていない。これでは99年当時と比べ労働党政権は精彩を欠くといわざるを得ない。中央銀行の武器はオペ、外貨準備運用、資金取引、決済システムを通じた金融機関との日常的な取引における接触、懇談、人材交流という「インザマーケット」にある。BOEの実力は、FSAとの情報共有のみでは生かされまい。


イングランド銀行小史

17世紀末に発生した英仏戦争のための資金を政府=王室に貸付けるために金持ちが作ったイングランド銀行は、その後、政府の資金繰りを請け負い、政府の債券、国債発行事務を担うようになる。その国債を担保に銀行券を発行し、その銀行券は安全だということで決済手段になっていった。高塀も安全のためというわけだ。

安全な銀行ゆえに、イングランド・スコットランド間、大陸への資金送金用の為替取組を請け負うようになり、取引先が全銀行へと拡大。その過程でシティの村長になり、村民である市中銀行の経営状態にもパターナルにチェックをいれるようになった。これが金融システムとBOEの関わりだ。そして最後に経済が拡大し、市中銀行間の資金融通で金利が決まるようになると、最後まで金を出し続け得る銀行としてBOEが金利を決めるようになった。無尽蔵に銀行券を印刷して金を供給できる胴元の意向には逆らえない。つまりBOE=金利政策がメインの仕事というのは戦後の理解に過ぎず、歴史は政府の資金繰り、銀行券の発行、金融システムの安定化、金融政策という順に進んできた。

中央銀行の仕事の第一は決済手段である銀行券供給と金融市場での取引を安定して行うこと、第二はそこからの知見(マーケット・インテリジェンス)を用いて、安定を損なう取引に強い警告を出すこと、そして金融システムや市場を守るために必要なことは何でもやるということだ。戦後BOEはシェルを救うために石油まで担保に取って融資した。いざというときには何でもやるという気概がシティを守ってきた。金利政策は最後である。


日銀総裁選びで欠けたもの

キング総裁の困難の原因は、前職がロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)教授だったこともあって、金融政策一辺倒でしか中央銀行を理解しないマクロ経済学のドグマから抜け切れていないことにあるのではないか。もちろん英国政府も、ブレア政権以来というかケインズ以来そういうドグマから脱していない。そもそも、中央銀行の仕事は極めて専門的だ。経済分析はもとより、取引は法律と契約と会計とITの束だ。そうした専門知識と、それを国民のために使う公共心なくしては務まらない。こういった議論を日銀総裁選びで行えば、BOE310年、日銀125年という歴史の差があっても先輩に負けまい。

* イングランド銀行の愛称

(2008年3月17日脱稿)


筆者プロフィール
Mr. City:金融界で活躍する経済スペシャリスト。各国ビジネスマンとの交流を通して、世界の今を読み解く。


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