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チャイナタウン探偵団
チャイナタウンロンドンのヘソともいうべきソーホー地区に位置するチャイナタウン。中華料理を食べたり格安のテレホン・カードを購入したりと、この場所を頻繁に訪れる在英日本人も多いのではないだろうか。今回の特集では、同じアジアからの移民としてちょっと気になる同地区に関する情報を収集。彼ら中国人移民が力強く生き抜いてきたその歴史を追いながら、チャイナタウンにまつわる秘密を探ってみよう。

英国のチャイナタウンはいつ頃どうやって出来たの?
なぜロンドンのチャイナタウンってソーホーにあるの?
ロンドン以外にもチャイナタウンはあるの?
チャイナタウンに人は住んでいるの?
チャイナタウンでの事業は中国人しか出来ないの?
中国人は英国に何人いるの?

チャイナタウン年表
1782年 中国人移民の船員が英国に上陸したと初めて公式に記録される
1851年 国勢調査において78人の在英中国人が確認される
1877年 英国に初めて中国大使館が開館する
1902年 ロンドン東部ポプラーに中国人経営によるクリーニング店が開業され、この頃から「チャイナタウン」という言葉が使用され始める
1909年 英国で初めての中華レストランが開店する
1937年 英国で初めての中国人学校がロンドン東部に開校する
1961年 ソーホー地区に初めての中国人市民センターが開かれる
1983年 チャイナタウンの中心にあるジェラルド・ストリートが舗装される
2004年 ケン・リビングストン市長がロンドン東部のテムズ・ゲートウェイに第2のチャイナタウン建設計画を発表


移民としての中国人の存在が、初めて英国で公式に記録されたのは18世紀後半。この頃から次第に大英帝国の植民地主義の象徴であり、当時のアジア貿易を独占していた東インド会社の船員としてカリブ諸国やインドからの移民が渡英するようになった。この移民の波に本格的に中国移民が加わったのは、アヘン戦争(1842~60年)が終了してから。麻酔作用を持つ薬物アヘンの密輸入をめぐったこの戦争に勝利した英国が中国を開港したことで広東省、上海からの中国人が船員として英国に渡って来るようになった。

国籍を問わず、当時の船員という職業は次の航海まで仕事がなく、ゆえにお金がなかった。東インド会社を通じて英国に流れ着いた移民は、海辺に一気に押し寄せた他国からの移民と共に、次の出航まで劣悪な環境に閉じ込められる生活に耐えなければならなかった。カリブ諸国では比較的キリスト教が浸透していたことなどもあって、同地域からの移民が英国人と交流する姿がしばしば見られたが、中国人にとっては英国文化との共通項が全く見つからない。言葉も文化も英国人とは全く違う中国人にとって、頼れるのは同胞のみ。その結果、中国人移民の間で後に「チャイナタウン」と呼ばれるコミュニティが自ずと構成されるようになった。

英国文化とは別の次元で生きる移民コミュニティを作ることで英国社会からは隔離され、このため同胞間での連帯意識は日増しに強固になるという循環を経て、チャイナタウンはひとつの確固とした存在として発展していくことになる。


ロンドンのソーホー地区に立つチャイナタウンには、人はほとんど住んでいない。これはもともと商業地区として始まった歴史と、ロンドン中心に位置するため現在では高騰した土地の値段を鑑みれば自然の成り行きとも言える。

「差別の対象となったチャイナタウン」
トム・ウェーラムさん
コミュニティ・海事史担当責任者


当時の中国移民の特徴として、彼ら特有の自助精神が挙げられます。中国人同士、お互い助け合うという精神が強かった。つまり彼らは英国社会に全く溶け込まずに生活していました。このため英国社会の間では中国人は閉鎖的であり、謎の移民集団であるといった偏見が持たれるようになりました。このような偏見が固定化すると、やがて中国人に関する都市伝説のようなものが生まれます。彼らとしては単なる習慣の一部に過ぎなかったアヘンを吸うという行為が悪魔の仕業のように伝えられました。また当時の中国移民のほとんどが男性であり、その中には英国人女性と結婚するケースもあったようなのですが、これが英国人男性の間に嫉妬を生み、チャイナタウンで英国人の女の子が誘拐されたなどという噂が広がる原因となったようです。さらに当時の英国人の子供たちの間では、肝試しとしてお金を賭けて、チャイナタウンを走り抜けられるかどうか、という遊びまで流行っていたと聞きます。はっきりと言えば、これらの行為は中国人に対する差別であったと言い切っていいでしょう。


19世紀の植民地時代に東インド会社の船員として英国に渡った中国人移民たちは、当初は海への出入り口となるロンドン東部テムズ河沿いのライムハウス地区にチャイナタウンを形成していた。しかしやがて海運業が凋落を見せたため、20世紀になると現地に住む中国人移民たちはクリーニング店を競って開業するようになった。資本が少なくても始められ、かつ日常的に需要があるこのビジネスに当時の中国人移民たちは飛びつき、1931年には中国人によるクリーニング店が英国に800店以上存在していたという。しかし自動洗濯機が発明されてクリーニング事業も衰退を見せるようになり、第二次世界大戦でロンドン東部が破壊的な打撃を受けると、ロンドン東部のチャイナタウンはほぼ壊滅する。所が変わって1950年代の香港では、戦後タイやビルマから安価な米が輸入されるようになり、地元の農家が大打撃を受けた。このため仕事を求めた香港出身の中国人移民が英国に一気に流入。折しも英国では、大戦中に任務として中国を訪れた英兵士が帰還したことで国内における中華料理に対する興味が高まっていた。この頃の英国は急激な経済成長を遂げていたこともあり、この機会に目をつけた香港系の中国人移民たちは1960年代に一斉に中華料理のレストランや仕出し業の経営を始めた。彼らの多くは、当時はまだ売春宿が散在しており、土地の値段も極めて低かったソーホー地区に進出し、新たなチャイナタウンを形成するようになった。これが現在まで続いているロンドンのいわゆる「チャイナタウン」の原型であり、今では中国人だけでなく各国からの旅行客ま でもが集まる観光名所となるまでになった。




英国に住む中国人は全部で推定25万人。そのうち8万人がロンドンに住んでいると言われている。その多くが香港から渡英しており、その他にカリブ諸国、台湾、マレーシア、シンガポールや中国本土出身の者も多くいる。一口に中国人といっても、世界各地から集まっているので正確な実態をつかむことはほぼ不可能であるという。


英国のチャイナタウンは、何もロンドンのソーホー地区だけに存在するわけではない。リバプールやマンチェスター、バーミンガム、カーディフなどにおける海辺の地域ではそれぞれのチャイナタウンの歴史が刻まれてきた。例えば英国北部のリバプールでは、19世紀後半から船員としてやって来た大量の中国人移民が海辺に定住するようになったと伝えられている。また同じく北部のマンチェスターでは、1970年代には衰退した問屋業が密集する地域に、当時の中国人が一斉に移住。彼らが開店したレストランは繁盛し、チャイナタウンの形成へとつながっていったという。さらに2004年にはロンドンにおいてケン・リビングストン市長がロンドン東部テムズ・ゲートウェイに第2のチャイナタウンを建設する計画を発表し、現在その具体案について検討されている。これは近年の中国本土における急激な経済成長に期待し、中国関連のビジネスを引き込むことでロンドンの経済を活性化する狙いがあると見られている。どこにおいても中国人が集まれば中国人のためのビジネスが発生し、そこにチャイナタウンが自然発生的に出来るのだ。




ソーホー地区のチャイナタウンでは、日本食レストランや英国人オーナーが経営するレストランも店舗を構えており、基本的には国籍を問わず誰でも事業を起こすことが出来る。しかし一方で、中国人以外の人間が事業を立ち上げる際は冷遇を受ける傾向があるとの報告も寄せられている。

19世紀英国人作家が見た中国人

中国人に対する偏見に関しては、歴史に名を残す英国人作家も抗うことが出来なかったようだ。特にアヘンを吸う習慣は堕落の象徴として受け止められており、アーサー・コナン・ドイル(1859-1930)によるシャーロック・ホームズ・シリーズのひとつ「唇のねじれた男」やオスカー・ワイルド(1854-1900)作「ドリアン・グレイの肖像」にはアヘンの巣窟(Opium Den)に関する描写が効果的に使われている。また「中国人は謎めいている」といったイメージも強固に持っていたようで、チャールズ・ディケンズ(1812-1870)の最後の小説となった「エドウィン・ドルードの謎」には「巧妙で狡猾な中国人」という記述が見つけられ、またサックス・ローマー(1883―1959)は「怪人フー・マンチュー博士」という中国服に中国帽を被った、東洋人による世界征服を計画する人物を創作している。

    ロンドンのちょっと有名な中国人に
インタビュー

在英中国人にとっての心のよりどころに

■チャイニーズ・コミュニティ・センター館長
クリスティーン・ヤウさん


私が働くこのコミュニティ・センターには、1日に平均150人もの在英中国人が訪れます。その中には英語を全く話さず、中国本土の地方出身の方などは、中国語でもコミュニケーションを取るのが難しいというケースさえあります。これらの多くが高齢者です。

彼らが渡英した頃は、とりあえず英国に来て、中華レストランを始めるということが出来ました。でも今は経済環境が全く違う。定年を迎えた人もいる。在英日本人の場合、駐在員という形で渡英していつかは日本に帰る人が多いような印象を持っていますが、在英中国人は一度来てしまうと後の一生をそのまま英国で過ごすというパターンが多い。だから長期的に彼らの生活をサポートする必要があるのです。コミュニティ・センターでは英語の授業や法律相談、給付金の代行申請といったサービスをすべて無料で提供しています。

実は今、ロンドンのチャイナタウンは変化を求められています。観光客を対象とした飲食店が増えたために、大量の生ゴミが排出されたり、路面が崩れたりといった問題が出てきたのです。これらの対策について検討するのも私たちの仕事であり、現在チャイナタウンのあちこちで舗装工
事が進行しているのはこのためです。私自身、香港から20年前に渡英しレストランの経営者に落ち着いた移民の1人です。この決断については今でも後悔していますが(笑)。若者から大人まで、すべての中国人にと
っての窓口になれるよう努めています。

Chinese Community Centre
2nd Floor 28/29 Gerrard Street London W1D 6JP
Tel: 020 7439 3822 www.ccc.org.uk

早い、うまい、安いがウリ!

■Wong Kei Restaurant 共同オーナー
リチャード・ドゥウォンさん


元々、Wong Keiとは中国語で「とっても混雑している場所」という意味です。客層は、国籍で分けると英国人、中国人がそれぞれ約25%。韓国人と日本人が15~20%ぐらいで、残りがそれ以外の国籍となるでしょうか。日本人のお客様は酢豚とかスクランブル・エッグ・ポークとかがお好きみたいで、よく注文されていますね。
当店ではとにかく価格を低く抑えるというのがモットーです。これを実現するためには、薄利多売、つまり回転率を早めるためにサービスの早さが求められます。お客が席を立たないうちに食器を片付けることもあるため「サービスが悪い」と憤るお客さんも少なからずいらっしゃいます。

でもわかって欲しいのは、サービスの早さというのは私たちなりの誠意なんです。ロンドンの物価の高さを嘆く学生は多い。そういう人たちにとっては、かしこまったサービスより、低価格とすぐに出てくる食事というのが何よりもありがたいのです。当店のメニューは、お客様がスーパーで食材を購入して自炊するよりも安い。だから食堂代わりに毎日通う方も多くいらっしゃいます。

今は亡き香港出身の初代オーナーが、この場所に当レストランを開業して約30年。チャイナタウンで最も古い店舗のひとつです。最近では、その昔英国に留学していた人の子供が親から「Wong Keiに通って食費を節約しろ」なんて言われて、また当店に通い出すなんていうありがたい現象も出てきています。とっても嬉しくなってしまいますね。

Wong Kei Restaurant
41-43 Wardour Street, London W1D 6PY
Tel: 020 7437 3071

チャイニーズ・エルビスとはこれいかに

■Gracelands Palaceオーナー
ポール・エルビス・チャンさん


ロンドンで3つの中華レストランを経営しています。レストランにいらしてくれたお客様のために、エルビス・プレスリー
の格好をして彼のヒット・ナンバーを歌うのが僕の仕事です。

私がエルビスに目覚めたのは12歳ぐらいの時でしょうか。彼の歌は全て覚えています。彼は特別な存在なのです。歌詞のひとつひとつに特別な意味が込められている。エルビスを尊敬していて、とにかく好きで好きでたまらない。実は私の出身地である香港でもレストランを経営して、エルビス・ショーをやっていました。でも香港のお客さんの間では、全くといっていいほど受けなかった。誰も僕が歌うエルビスに興味を示さなかったのです。この現実に失望して渡英を決意し、15年前にロンドンでもう一度挑戦することにしました。そうしたらエルビス・ショーが受ける。英国のお客相手にエルビスやると、皆手を叩いて喜んでくれるんですよね。一緒に唄ってくれる人も多くいる。それだけでロンドンに来たかいがあったようなものです。

僕はソーホー地区のチャイナタウンにお店を持っているわけではないので、中華関連のビジネスに関してはコネがない。ずっと1人でやって来ました。誕生日とか記念日とか、是非うちのレストランにお友達を連れて来てください。あなただけのためにエルビスの歌を捧げます。

Gracelands Palace
3, Cumberland Walk, Tunbridge Wells. Kent, TN1 1UJ
881-883, Old Kent Road, London SE15 1NL
331, The Broadway, Bexleyheath, Kent, DA6 8DT

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