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Fri, 29 March 2024

住居強盗・侵入者に対する自衛権とは

服役中の男性釈放で議論再燃
住居強盗・侵入者に対する自衛権とは

犯罪の被害者にならないよう、敏感にならざるを得ない英国での生活。特に自宅に侵入される住居強盗は、想像するだけで恐怖を感じる犯罪であるが、実際にその被害者となった場合、どこまで犯人に反撃する権利が与えられるべきなのか。英国では最近、あるニュースをきっかけとして、この問題に改めて関心が集まった。


住居強盗及び住居への侵入者に対する
自宅所有者の自衛権が問題となったケース

自営業の男性のケース

2008年9月、バッキンガムシャー州在住の自営業の男性(現在53)が、家族と共にモスク(イスラム教寺院)での礼拝から帰宅したところ、自宅内に3人組の覆面強盗を発見した。3人組は、男性ら一家を縛り、殺すと脅した。しかし、男性とその長男(同23)は脱出し、近所に住む男性の弟(同35)に救援を要請。男性は弟と共に自宅に戻り、逃げようとする強盗のうち一人を家の外まで追いかけ、クリケット用バットで殴った。激しく殴ったため、バットは3つに折れ、強盗は脳に不治の外傷を負った。

レディング刑事裁判所は2009年12月、男性に30カ月、男性の弟に39カ月の禁固刑との判決を下した。裁判官は、男性とその家族が「重大な凶悪犯罪」の被害者となったこと、男性と弟の無実を求める声が高いことを認めながらも、判決理由として、男性らの暴力行為の深刻な結果を反映する必要性などを挙げた。検察側は、起訴の理由に、男性と弟による「過剰な暴力行為」を挙げていた。

しかし控訴院は2010年1月20日、男性を12カ月、弟を24カ月の禁固刑に減刑した。男性は2年の執行猶予が付され、即日釈放された。裁判官は、控訴審が行われている間、男性と弟に対する慈悲深い対応を求める声が非常に高かったことなどに触れ、「減刑する理由は十分にある」などと述べた。

なお、男性と弟にクリケット用バットで殴られた強盗は、怪我のため出廷できなかったが、男性とその家族を不法に監禁したとして、2年間の監視命令を下された。男性宅への不法侵入容疑では誰も起訴されていない。

農場主の男性のケース

1999年8月、ノーフォーク州の農場主の男性(当時44)が、自身が所有する農場内の自宅に侵入した当時16歳の少年と29歳の男を銃で撃った。少年は死亡し、29歳の男は足を負傷した。2000年4月、ノリッジ刑事裁判所は、男性に対し、殺意を持って少年を殺害した(murder)として、終身刑の判決を言い渡した。同時に、傷害罪で10年、銃器の違法所持で12カ月の禁固刑との判決も言い渡された。2001年10月、控訴院は、少年の殺害について、殺意のない殺人罪(manslaughter)に減刑。一審判決を破棄し、5年の禁固刑に減刑した。傷害罪についても、3年の禁固刑に減刑された。これは、男性が事件当時、妄想性人格障害を患っており、責任能力が減退していたとする被告側の証拠が裁判所に受け入れられたことによるものだった。男性は2003年7月、5年のうち3年の刑期を終え、仮釈放された。この件は英国全土で大きな関心を集め、男性の行動を、「住居強盗・侵入者に対する自宅所有者の自衛権の行使」だとして支持する声も多く聞かれた。男性は昨年、某紙の取材に答え、同事件における自分の行動について、「後悔はしていない」などと述べている。

女性タレントのケース

マイリーン・クラス2010年1月下旬の夜間、女性タレントのマイリーン・クラス(写真)さんがハートフォードシャー州の自宅の台所にいた際、庭に複数の若者が侵入しているのを発見。すかさず、窓を叩きながら、近くにあった台所用ナイフを振りかざしたところ、若者たちは退散した。この後、クラスさんは警察に事件を通報したが、逆に警官から「自宅内であっても、『攻撃用の凶器』を振り回すのは違法」と注意されたという(しかし警察は後に、警官がクラスさんにこうした発言を行ったことを否定。また、自宅内でナイフを振り回すことは違法ではない)。

自営業を営むハンガリー人男性のケース

1995年末、ダービーシャー州在住のハンガリー人の自営業者の男性(当時53)が、自宅内に見知らぬ男を発見した。つかみ掛かってもみ合いになり、そのまま前庭まで移動した後、男性は隣人に助けを求めに行った。侵入者の男はその後、この時に首に負った怪我が原因で死亡。しかし公訴局は男性を不起訴処分にした。


強盗に重症負わせた男性が減刑、釈放

自宅に侵入した強盗に反撃し、重症を負わせた罪で服役していた男性(53)が先月下旬、控訴院による減刑の決定を受け、釈放された。この件は、英国内でかねてから論争の対象となっている、「住居強盗及び住居への侵入者に対する自宅所有者の自衛権」に関する議論を再燃させることになった。

男性は2008年9月、バッキンガムシャー州の自宅に侵入した3人組の覆面強盗のうち一人を、近所に住む弟(35)と共にクリケット用バットで殴り、脳に不治の外傷を負わせた。レディング刑事裁判所は2009年12月、男性に30カ月、弟に39カ月の禁固刑との判決を下したが、控訴院の今月下旬の決定は、男性の刑期を12カ月(執行猶予2年)、弟の刑期を24カ月に減刑した。

「妥当な範囲内の暴力行為」は合法

イングランド及びウェールズの現行法では、自分またはその他の者の身を守る、犯罪を防止する、合法的に拘束されている者の逃走を防ぐ、などの目的があれば、「妥当な範囲内での暴力行為(reasonable force)」を行うことが許されており、逮捕・起訴の対象にはならない。ただし、「暴力行為」は、強盗犯・侵入者を家の中に発見して身の危険を感じたり、冷静さを失うなどした結果、本能的に行われたものでなければならないとされており、また、「絶対に必要」と見なされる程度以上の暴力であってはいけないと規定されている。これらの条件を満たさない場合は、通常の暴力犯罪と同様、逮捕・起訴の対象になる。

バッキンガムシャー州の件では、強盗に反撃した男性を支持し、男性の無罪を主張すると共に、「逮捕・起訴の心配なしに、合法的に強盗・侵入者に対して行える自衛行為の範囲を拡大すべきである」とする意見が多く聞かれた。一方、こうした意見に反対し、「いくら強盗を発見したからと言って、必要以上の暴力的制裁を加えることが許されるとしたら、文明社会の基盤である治安制度、司法制度の意味が失われてしまう」として、現制度の維持を支持する声もあった。しかし、右派系メディアを中心に、男性の行動を支持する意見の方が圧倒的に多く、減刑・釈放も概ね好意的に受け止められていた。

保守党は自衛権の拡大に積極的

現労働党政権は、「妥当な範囲での暴力行為を行える」という規定の変更には消極的であった。しかし、次の総選挙での勝利が確実視されている保守党は、かねてからこの問題への取り組みに意欲的な姿勢を見せており、先月発表した総選挙マニフェストの犯罪対策に関する部分の草案でも、強盗・侵入者に対する自宅所有者の自衛権拡大を行うことを公約していた。

バッキンガムシャー州の男性が減刑される10日ほど前には、女性タレントが、自宅の庭に侵入した若者を台所用ナイフで威嚇したところ、警察から注意を受けたというニュースもあり、自衛権に関する更なるニュースとしてメディアで大きな注目を集めた。感情的な論調も目立ち、英国人にとっては理屈だけでは片付かない難しい問題であるようだが、現在の英国をめぐる論点の一つとして、今後も注目するに値するだろう。

Have-a-go hero

街中や公共の場などで、犯罪や喧嘩などを目撃した際、そのまま立ち去らず、仲裁に入ったり、犯罪を阻止しようと試みた人を指して主にマスコミで使われる言葉。住居強盗の被害者が、犯人に対して反撃し、攻撃した場合も、「have-a-go hero」と呼ばれることがある。「have a go」の英語の元の意味は「試みる、挑戦する」など。ロンドン東部では今年初め、インド人男性が、女性のバッグを奪って逃走した路上強盗犯を捕まえようとして追い掛けたあげく、刺殺されるという事件が発生し、「have-a-go hero」として称えられた。

(猫)

 
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