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日経電子版Pro
Tue, 24 November 2020

木村正人の英国ニュースの行間を読め!

第12回 超エリート夫婦の愛憎劇

第12回 超エリート夫婦の愛憎劇

スピード違反による免許停止を免れるため妻が替え玉になったとして、司法妨害罪に問われた前エネルギー・気候変動相クリス・ヒューン被告(58)と元妻の著名エコノミスト、ヴィッキー・プライス被告(60)に対し、刑事法院は11日、禁錮8月の実刑判決を言い渡した。

政治にスキャンダルはつきものというものの、BBCドラマ「イーストエンダーズ」もビックリの愛憎劇には滅多にお目にかかれない。日本で言うなら、プライス被告はロッキード事件で田中角栄元首相に不利な証言を行い、「ハチの一刺し」の名言で有名になった榎本三恵子さんといったところか。

 

簡単に事件をおさらいしておこう。

自由民主党(自民党)の欧州議会議員だったヒューン被告は2003年3月、スタンステッド空港から愛車のBMWで家路を急いでいた。しばらくしてスピード違反の切符が自宅に届いた。ヒューン被告の減点は既に計9点に達しており、スピード違反の減点3を加えると6カ月の免許停止となる。ヒューン被告はプライス被告に違反切符を渡し、運転していたのはプライス被告ということにして、減点を肩代わりしてもらった。

ここまでなら恋人や夫婦同士では「よくある話」で済んでいたのかもしれない。間違いは07年12月の自民党党首選から始まった。本命だったヒューン被告はクレッグ副首相と接戦を繰り広げたが、郵便投票の遅配が原因で敗れ去った。ヒューン被告はその直後、党首選でメディア・アドバイザーを務めた女性と不倫関係に落ちていく。

10年の総選挙で自民党は保守党と連立を組み、ヒューン被告は閣僚に抜擢された。クレッグ副首相の不人気もあって、ヒューン被告は次期自民党党首の最右翼に挙げられるなど、飛ぶ鳥を落とす勢いだった。そんなヒューン被告の不倫をタブロイド紙が見逃すわけがない。不倫は大々的に報じられたが、英国では政治家の女性スキャンダルは国家機密漏洩など国益に絡まない限り、尾を引かない。結局、ヒューン被告は26年連れ添ったプライス被告と3人の子供と袂を分かち、愛人のもとに走った。ヒューン被告はタブロイド紙の暴露後、わずか20分でプライス被告との別居を発表する声明を書き上げたという。政府のトップ・エコノミストを務め、違反切符の肩代わりもしてくれる従順な妻が自分のキャリアを棒に振ってまで反撃してくるとは夢にも思わなかったに違いない。

 

ヒューン被告の元妻とはつゆ知らず、僕は昨年12月、プライス被告に取材を申し込んだ。王立国際問題研究所でギリシャ経済に関するディスカッションが行われた際、パネラーの一人がプライス被告だったのである。ギリシャ生まれのプライス被告は新著「GREEKONOMICS」を出版したばかりで、本に署名までしてもらった。同被告は「取材に応じるから連絡して」と笑顔を見せた。その後、テレビでプライス被告の顔が大写しされるたび、世の中には良く似た人がいるものだと思っていた。あれほど合理的にギリシャ経済とユーロ圏の構造的な問題を分析できる人が、近松門左衛門の世話物のような愛憎劇を演じていようとは……。

プライス被告は11年5月、スピード違反の替え玉問題をメディアに暴露する。翌年2月、両被告は司法妨害罪で起訴され、ヒューン被告は閣僚を辞任。ここまではプライス被告の計算通りに復讐劇は進んでいるように見えた。ヒューン被告を刑務所の塀の中に突き落とす。自分は夫に替え玉を強要されたかわいそうな元妻を演じて、無罪放免になる。しかし法廷劇が終幕に近づいたとき、思わぬハプニングが起きる。

陪審員から「合理的な疑いってどんな意味?」などと尋ねられた裁判官は「こんなことは初めて」とあきれ果て、陪審員全員を入れ替えた。プライス被告にメディア工作を助言していた隣人の裁判官がその事実を隠して警察に証言を行ったとして逮捕された。

やり直し裁判で両被告は有罪、2人仲良く刑務所に入った。プライス被告の兄弟は「怒りに狂って冷静な判断力を失った。恥辱が復讐の炎を燃え上がらせた」と悔やんだ。一方、ヒューン被告は刑務所でいじめられていると報じられた。初めて手錠をかけられ、全裸で身体検査を受けた超エリートの元夫婦は今、塀の中で人生最悪の夜を過ごしている。

 
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木村正人氏木村正人(きむら・まさと)
在英国際ジャーナリスト。大阪府警キャップなど産経新聞で16年間、事件記者。元ロンドン支局長。元慶応大法科大学院非常勤講師(憲法)。2002~03年米コロンビア大東アジア研究所客員研究員。著書に「EU崩壊」「見えない世界戦争」。
ブログ: 木村正人のロンドンでつぶやいたろう
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