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Sun, 21 January 2018

88万8246本のポピーで埋めつくされた休戦記念日

英国で暮らしていると11月はどうしても感傷的になる。政治家もサッカー選手も一般の人々も胸に真っ赤なポピー(ケシ)の造花をつける。街中にポピーがあふれ、第一次大戦の休戦記念日(11日)や「リメンバランス・サンデー」と呼ばれる戦没者追悼記念の日曜日(11日に一番近い日曜日、今年は9日)に合わせて追悼行事が行われるからだ。

第一次大戦の開戦から100年に当たる今年、観光名所のロンドン塔を囲むお堀は、犠牲になった英兵士と同じ数の、陶磁器で造られた88万8246本のポピーで埋めつくされた。休戦が成立した11日午前11時前に最後の1本が13歳の少年ハリー・ヘイズ君の手で植えられた。悲しい音色の消灯ラッパとともに、無名戦士の墓があるウェストミンスター寺院、トラファルガー広場、ホワイトホールの戦没者追悼施設セノタフ、学校、英軍基地などで2分間の黙祷が捧げられた。

陶磁器のポピーによるインスタレーション作品「流血の大地と紅の海」は陶芸家ポール・カミンズ氏と舞台デザイナーのトム・パイパー氏が制作した。カミンズ氏は数十人のスタッフとともに3日がかりでポピーを焼き上げたが、作業中に指を切り落としてしまった。8月からボランティア2万人がポピーをロンドン塔の堀に植えてきた。その1本1本が失われた若き生命の重さと犠牲の大きさを実感させる。雨露をはじき、陽の光に輝く姿は生命の躍動と歴史の無常を伝えてくる。

 

世界中から400万人が見学に訪れたため、保守党のキャメロン首相やボリス・ジョンソン・ロンドン市長は休戦記念日の11日を過ぎても作品の展示を続けるよう提案した。市民の反応は「第一次大戦が終わってから100年に当たる4年後に、もう一度展示を」「彼らが戦場に赴いた状態は永遠に続くものであってはならない」と様々だ。作者のカミンズ氏は民放ニュース番組に出演し、「犠牲になった若者たちは生きる機会を奪われた。展示も打ち切られることで機会を奪われた若者たちの無念に思いを寄せてほしい」と話した。

12日から予定通りポピーはボランティアの手によって取り除かれ、25ポンドで販売された。既に1本残さず売り切れ、売り上げはイラクやアフガンで負傷した兵士や家族を支援している慈善団体などに寄付される。

若い在英ドイツ人女性がBBCのラジオ番組で「英国にやってくるまで、休戦記念日の11日にこんなに大規模な追悼行事が行われているとは知らなかった。ドイツでも空襲で焼けた瓦礫の中から家族を救い出したり、敗戦でポーランドから追放されたりした第二次大戦の記憶は残っているが、意識的に戦争の歴史は忘れられている。戦争の歴史と言えば、ドイツではナチスのホロコースト(ユダヤ人大虐殺)なんです。とにかく国を再建し、前に進むことが最優先にされた」と語っていたのが印象的だった。ドイツでは東西を分断していたベルリンの壁崩壊から25年という記念日が盛大に祝われた。

 

今年は第一次大戦の開戦から100年というだけでなく、第二次大戦の雌雄を決したノルマンディー上陸作戦から70年、13年に及んだアフガニスタンでの戦闘任務が終了した節目の年だ。中国が米国と肩を並べる大国への階段を駆け上り、ロシアのプーチン大統領が引き起こしたウクライナ危機、シリアやイラクを混沌の淵に追いやるイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」の勃興で、地政学上のリスクが増大している。

日本と韓国、中国の間には領土問題や歴史問題が横たわる。戦争の記憶の仕方は、まず歴史上、起きた事実を確認することから始まる。不幸なことに東アジアは来年戦後70年を迎えるというのに、歴史認識を一致させる作業が難航し、いがみ合いが続いている。敗戦で日本側資料が焼却され、南京事件や従軍慰安婦問題で中国や韓国から示された被害者数を日本が否定する状態が続いているためだ。先の大戦で外地に散った日本人約240万人のうち約113万柱が帰還していない。自国の戦没者数を「約」という概数で表して恥じない日本では戦没者1人ひとりをオブジェで表現しようという発想は生まれてこない。88万8246本の真っ赤なポピーに、戦争が残した傷跡と自ら加害の歴史を記録しようとはしなかった代償の大きさを痛感する。

 
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木村正人氏木村正人(きむら・まさと)
在英国際ジャーナリスト。大阪府警キャップなど産経新聞で16年間、事件記者。元ロンドン支局長。元慶応大法科大学院非常勤講師(憲法)。2002~03年米コロンビア大東アジア研究所客員研究員。著書に「EU崩壊」「見えない世界戦争」。
ブログ: 木村正人のロンドンでつぶやいたろう
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