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ロンドンのゲストハウス
Mon, 16 September 2019

第5回 オールド・レディーはニュー・レディーに変われるか
ー イングランド銀行 次期総裁 ー

「要するに、彼が世界中で最も優秀で、経験に富んでおり、次期総裁として適任ということだ」。

オズボーン財務相は11月26日、下院で、イングランド銀行(中央銀行)のマービン・キング総裁(64)の後任にカナダ銀行(同)のマーク・カーニー総裁(47)を任命すると発表すると、議場にどよめきが広がった。

1960年代に労働党のハロルド・ウィルソン首相(故人)が英連邦のオーストラリア準備銀行(中央銀行)総裁をイングランド銀行総裁として招請しようとしたことはあったものの、実際に英国籍を持たない人間を総裁に任命するのは、「オールド・レディー」と呼ばれるイングランド銀行が1694年に創設されて以来、初めてのことだ。

カーニー氏については「フィナンシャル・タイムズ」紙が4月に「次期総裁ポストが非公式に打診された」と報じていたが、当のカーニー氏はBBC放送のインタビューで「ノー(いいえ)か、ネバー(絶対ない)か、どっちだ」と質問された際、「両方だ」と述べ、総裁就任を完全に否定していた。しかも、今回の総裁選びは公募方式で行われ、10月7日の締め切りまでに名乗りを上げた複数人の中でもイングランド銀行のポール・タッカー副総裁(54)と英金融サービス機構(FSA)会長、ターナー卿(57)の一騎打ちになるとみられていた。オズボーン財務相がカーニー氏任命を発表した当日、「タイムズ」紙は社説で「タッカー氏の時間だ」と報じ、翌日「カーニー氏が候補者になっていることも知らなかった」と不明を恥じる大失態を演じている。

 

カーニー氏は米ハーバード大学を卒業、英オックスフォード大学で博士号を取得。米金融大手ゴールドマン・サックスやカナダ財務省、カナダ銀行に勤務し、2008年にカナダ銀行総裁に就任した。世界金融危機で、カーニー氏は期間を限定して金利を0.25%に下げ、先進7カ国(G7)の中で初めて国内総生産(GDP)と失業率を危機前のレベルに回復させたことで一気に名を馳せた。

カーニー氏は世界の金融システムを監視する金融安定理事会(FSB)の議長も務め、銀行資本の積み増し、レバレッジの制限、銀行の自己責任の明確化など、金融危機の再発防止策を唱えている。

 

オズボーン財務相がカーニー氏に次期総裁ポストを打診したのは今年2月、メキシコシティで主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議が開催されたとき。カナダ銀行総裁としての任期が残っており、イングランド銀行総裁の任期が8年で長すぎることを理由に、カーニー氏は8月、要請を正式に断った。

国際金融都市シティでは、ロンドン銀行間取引金利(LIBOR)不正操作など、金融不祥事が相次いだ。商業銀行の投機的取引を制限するボルカー・ルールを迫る米国から「LIBORを廃止しろ」という圧力は強まり、オズボーン財務相は防戦一方に追い込まれた。

絶対君主の「ルイ14世」とも揶揄されるキング総裁は金融政策だけにこだわり、金融システムの監督や市場の制度設計には全く関心がない。金融政策にしても世界金融危機で後手に回り、英経済は今、三番底の危機に瀕している。イングランド銀行にはショック療法が必要だった。

カーニー氏にとってはその実力以上に外国人であることが大きなアドバンテージになった。オズボーン財務相は11月上旬、同じメキシコシティで開かれたG20財務相・中央銀行総裁会議で、8年の総裁任期を例外的に5年に短縮、年収、年金の掛け金、妻と娘4人の住宅手当まとめて80万ポンド(約1億500万円)を提示してカーニー氏を口説き落とした。キング総裁の年収は30万5000ポンドだから、カーニー氏の厚遇ぶりが分かろうというものだ。

カーニー氏は英連邦のカナダ国籍、妻は英国人であるため、英国籍を取得するのは容易だ。同氏にはオールド・レディーの旧習を打破し、FSAから引き継ぐ金融規制についても辣腕を振るうことが期待されている。しかし、英経済を復活させるだけでも大変だというのに、金融規制について英政官界、欧州連合(EU)、G20と交渉するのは、あまりにも荷が重すぎるという声が早くも上がっている。

 
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木村正人氏木村正人(きむら・まさと)
在英国際ジャーナリスト。大阪府警キャップなど産経新聞で16年間、事件記者。元ロンドン支局長。元慶応大法科大学院非常勤講師(憲法)。2002~03年米コロンビア大東アジア研究所客員研究員。著書に「EU崩壊」「見えない世界戦争」。
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