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Mon, 23 November 2020

木村正人の英国ニュースの行間を読め!

第1回 政治喜劇

第1回 政治喜劇

議院内閣制を生み出した英国では、政治ドラマが高い人気を誇っている。BBCで1980年代に人気を博したコメディー・ドラマ「イエス、プライム・ミニスター」の劇場版がロンドンで上演されている。その前シリーズ「イエス・ミニスター」には、皮肉とユーモアに満ちたこんな台詞がある。

大臣「事務次官(省庁の官僚トップ)、君は大臣たちがバカなまねをして物笑いになるのを手伝うことが仕事の一つと思っているのかね」

事務次官「そうですね、私がこれまでお仕えした大臣は誰一人としてお手伝いするには及びませんでした」

これがテレビや演劇での話にとどまらないから、現実の政治は面白い。

 

9月19日、先の内閣改造で下院院内幹事長に抜擢された保守党のアンドリュー・ミッチェル氏が自転車に乗ったまま首相官邸を出ようとした。車が通る入口の主要ゲートで幹事長は警備の警官と押し問答になった。

警官「自転車の方は、脇にある通行人用の門にお回りください」

幹事長「おれ様を誰と思ってるんだ。院内幹事長だぞ。早く主要ゲートを開けろ」

警官「それはできません。通行人用の門を開けますので……」

幹事長「貴様、身分をわきまえろ。たかが平民のくせに」

警官「ののしるのをやめてください。このまま続けると、あなたを逮捕することになりますよ」

幹事長「貴様、これで済んだと思うなよ」

ミッチェル幹事長は警官に対してFワードをわめき散らした。最近、キャメロン政権への批判を強める同じ保守党のボリス・ジョンソン・ロンドン市長からも「ミッチェル幹事長が逮捕されるところを見たかった」と皮肉られるありさまだ。

 

英国の下院は与党と野党が向かい合って対決する構造になっている。その距離は双方が剣を伸ばしても切っ先が触れ合わない距離になっているという。その議場で与野党の党首が言葉を尽くして議論を闘わせる緊張感が政治のよどみを押し流しているが、 権力を争う政治が人間を欲深く、愚かにするのは洋の東西を問わない。

「イエス・ミニスター」は選挙で選ばれた大臣と難しい試験を通り抜けた官僚間の不協和音を面白おかしく描いたが、最近ではメディアと大臣、「スピン・ドクター」と呼ばれるメディア対策担当者、官僚たちのドタバタをリアルに描写したドラマ「シック・オブ・イット(The Thick of It)」が大人気だ。この題名には、「Sick of It(辟易する)」と引っ掛けて、「権力の中枢にいるどうしようもない人たち」という意味が込められているのだろうか。

現在放映中の第4シリーズでは政権が交代し、保守党と自由民主党を思わせる連立政権が誕生している。省庁でぶち上げた政策が一夜にして官邸の反対でポシャる場面も登場し、生々しいストーリーが展開する。

片や、折り返し地点に差し掛かった現実の連立政権でも、悲喜劇が繰り広げられている。財政再建で障害者認定の見直しを進めるオズボーン財務相がロンドン・パラリンピックのメダル授与を行って観客席からブーイングを浴びた。

一般中等教育修了試験(GCSE)をめぐっては、国語の判定基準を年度途中に突然、厳しくして波紋を呼んだ揚げ句、「GCSEの基準は甘すぎる。世界に比べ英国の学力は低い」として、2017年から新制度、イングリッシュ・バカロレアを導入すると発表した。

極めつけは、自由民主党党首のニック・クレッグ副首相。大学授業料を値上げしないとマニフェスト(選挙公約)に掲げていたのに連立政権に入ると授業料を3倍も引き上げたことを「アイム・ソーリー」と謝るビデオを公表。このスピーチは後に、曲に乗せたパロディー・ビデオに編集されて動画投稿サイトで大ヒットし、ネット販売されることになった。クレッグ副首相は販売代金を子供病院の慈善活動に寄付することに同意したというが、メディア対策担当者は一体何を考えていたのだろう。

「喜劇は悲劇、悲劇は喜劇」「喜劇は真剣に演じれば演じるほど面白くなる」とも言われるが、最近の英国の政治喜劇は、支持率低迷に苦しむ連立政権の絶望的なまでの真剣さを物語っているのかもしれない。

 
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木村正人氏木村正人(きむら・まさと)
在英国際ジャーナリスト。大阪府警キャップなど産経新聞で16年間、事件記者。元ロンドン支局長。元慶応大法科大学院非常勤講師(憲法)。2002~03年米コロンビア大東アジア研究所客員研究員。著書に「EU崩壊」「見えない世界戦争」。
ブログ: 木村正人のロンドンでつぶやいたろう
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