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Mon, 23 November 2020

木村正人の英国ニュースの行間を読め!

第28回 混乱と力に満ちた欧州大陸の未来

第28回 混乱と力に満ちた欧州大陸の未来

労働党・ブレア元首相の政策「第三の道」の提唱者として知られるロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのアンソニー・ギデンズ元学長が先月末、ロンドンのシンクタンクや同大学で講演したので、2回とも聴きに行った。新著「Turbulent and Mighty Continent(仮訳: 混乱と力に満ちた大陸)」の出版に合わせたものだったが、ギデンズ氏の欧州プロジェクトにかける情熱に心を動かされた。

筆者も欧州の未来について6年間の取材結果をまとめた著書「EU崩壊」(新潮新書)を上梓したばかりだ。題名の「EU崩壊」は、単一通貨など欧州連合(EU)が目指すモデルと欧州の結束は既に崩れていることを指す。しかし、キャメロン首相、メルケル独首相、オランド仏大統領がこのまま別々の 方向に突き進めば、EU崩壊も「警句」では済まなくなる。

欧州を取り巻く環境の厳しさに対する認識は共通しているが、ギデンズ氏は「だからこそ、欧州は強靭な意思の力で未完のプロジェクトを完成させよう」と聴衆に呼び掛けた。欧州統合について懐疑論が根強い英国では来年5月の欧州議会選挙で、EU離脱を唱える英国独立党(UKIP)が第1党になるのはほぼ間違いないとみられている。ドイツやフランスでも懐疑派が大躍進しそうな勢いだ。統合推進派を自認するギデンズ氏は「感情に訴える懐疑派に対して推進派は行動を全く起こしていない。私は推進派の一人として欧州の理性に呼び掛ける」と欧州議会選挙までの約半年間、各地で講演を続ける考えを表明した。

 

現在は労働党の上院議員であるギデンズ氏の唱えた「第三の道」は、単純な「弱者への再配分」でも「市場重視」でもなく、市場から生み出された富により「機会の平等」を確保しようという考え方だ。ブレア元首相はその「第三の道」に基づき、長期にわたる経済成長と税収増を実現させ、教育・医療制度改革を推し進めた。

ギデンズ氏はこの2年間、3次元(3D)プリンターなどデジタル製品について研究している。「3D プリンターが普及すれば、地方の小さな店で様々な製品をつくれるようになる。中国が世界の工場である必然性はなくなる」。こう語るギデンズ氏は「新興国BRICsの成長神話は既に崩壊している。 米国も欧州も新興国もそれぞれに問題を抱えている。欧州は、ドイツがユーロ圏政府債務の相互負担に応じるなど課題を克服して、未来を切り開く必要がある」と続けた。

 

欧州統合は常に危機をバネに進んできた。米国の超金融緩和策が継続されたことにより欧州経済も下支えされる中、銀行同盟などの改革がどこまで進むのか不透明だ。先日、ある会合で、英財務省の官僚が「私の生きている間は無理だろう」と漏らすのを聞いて、負担増を嫌うドイツの抵抗が相当強いことを実感した。それ以前に、経済活動の目詰まり原因になっている銀行の不良債権がどれぐらい残っているのかユーロ圏では見当もつかない。銀行のバランスシートから不良債権を取り除き、公的資金を注入して資本を増強する荒治療は危機バネがあってこそ実行できる。今にして思えば、世界金融危機で主要20カ国・地域(G20)に銀行への公的資金注入と財政出動を訴え、果断に実行したブラウン前首相とダーリング前財務相の決意は称賛に値する。筆者に対し当時、ブラウン氏は「通貨ポンドが切り下がったのは良いことだ」と語り、ダーリング氏は「バランスシートをきれいにするのがポイントだ」と言い切った。

それに比べて、ユーロ圏の不良債権処理は終わっていない。増税と社会保障削減、失業、賃下げに苦しむユーロ圏で納税者から公的資金注入に対する理解を得るのは相当な困難を伴うだろう。

筆者が「欧州は『日本の失われた20年』をこれから経験するのでは」と質問すると、ギデンズ氏は「失われた20年は、移民を受け入れない閉鎖性、競争力が低いサービス部門など日本特有の問題だ」と反論した。日本では安倍政権がアベノミクスで改革に取り組む中、欧州では牽引役となるドイツの 連立協議が続いている。欧州は「対立」を「和解」に変える意思の力で大戦の荒廃からよみがえった。欧州に今、その意思があるのか。筆者にはギデンズ氏のような信念は持てなかった。

 
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木村正人氏木村正人(きむら・まさと)
在英国際ジャーナリスト。大阪府警キャップなど産経新聞で16年間、事件記者。元ロンドン支局長。元慶応大法科大学院非常勤講師(憲法)。2002~03年米コロンビア大東アジア研究所客員研究員。著書に「EU崩壊」「見えない世界戦争」。
ブログ: 木村正人のロンドンでつぶやいたろう
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