スペイン人女性をジョージ王子の乳母に選んだ理由
生後8カ月のジョージ王子とともに、ウィリアム王子とキャサリン妃が7日、ニュージーランドに降り立った。25日までの日程で、2011年震災に見舞われた同国のクライストチャーチやオーストラリアを歴訪する。ジョージ王子にとっては初の公式外遊。1983年、訪問国オーストラリアの首相やエリザベス女王の反対を押し切って、生後10カ月のウィリアム王子を同行させた故ダイアナ元皇太子妃のありし日の姿を思い浮かべた方も多いだろう。
英王室の慣例として直系の王位継承者が同じ飛行機に乗るのは禁じられている。万が一、事故が起きた場合、2人の王位継承者を同時に失うからだ。しかし、ダイアナ元妃は「ウィリアムが行かないなら、私も行かない」とへそを曲げ、エリザベス女王が同行の特別許可を出した。「ダイアナ流」が今回も引き継がれた。しかし、新たな慣例破りがニュースになった。ウィリアム王子とキャサリン妃が同行のため雇ったナニー(乳母)が43歳のスペイン人女性だったのだ。
直系の王位継承者の乳母に外国人が採用されるのは初めてのことらしい。しかも、このスペイン人女性マリア・テレサ・トゥリオン・ボラロさんは敬虔なカトリック教徒。子供のころから男性に興味を示さず、「将来、必ず尼さんになる」と周囲は思っていた。彼女のあだ名は「聖者」。ご存知の通り、英君主は英国国教会(プロテスタント)の世俗の長。カトリック教徒と結婚すれば王位継承権を失うという厳しい定めは、昨年の王位継承法改正でようやく撤廃された。
2人がボラロさんを選んだ理由は「乳母養成学校」として世界的に有名なノーランド・カレッジの卒業生で、同校や友人の推薦があったからと報じられているが、果たしてそれだけだろうか。以下は、あくまで個人的な推論である。
まず、21世紀の王室を担う2人は、「英国のロイヤル・ファミリーにカトリックへの偏見はありません」というメッセージを送る必要があった。
次に、英国の将来像をどう描くのかというビジョンである。英外交には3つのリングがあると言われてきた。「スペシャル・リレーションシップ」と表現される対米関係、英連邦のつながり、そして、切っても切り離せない欧州との関係。「唯一の超大国」米国が衰えを見せ始める中、英国の地位が弱まり、欧州連合(EU)との関係も大きく軋んでいる。「EU脱退」を声高に唱える英国独立党(UKIP)のナイジェル・ファラージ党首は、先日行われた自由民主党のニック・クレッグ党首とのTV討論でこう言い放った。「2007年以降、英国の実質賃金は移民のため14%もカットされた。得をしたのは金持ちだけだ。乳母も、お抱え運転手も、庭師も安く雇える。だが、しかし、これは普通の英国人にとっては悪いニュースなのだ」。
2回のTV討論は、極端な数字を取り上げて感情に訴えたファラージ党首の圧勝。細かいデータを示して欧州統合の意義を説いたクレッグ党首は惨敗を喫した。しかし、待ってほしい。英国は、欧州統合や移民のおかげで一番得をしている国の一つなのだ。 フランスのオランド大統領が年収100万ユーロ以上の富裕層に75%の税金をかけると宣言した後、お金持ちのフランス人が高級住宅街のナイツブリッジ、メイフェア、ケンジントン、チェルシー、フラムに流れ込んだ。ロンドンで暮らすフランス人は現在40万人。
失業率が一時26.5%に達したスペインからも移民が大量にやって来る。友人のスペイン人は「ロンドンの地下鉄や街の中は 今やスペイン人ばっかり」と言う。乳母のボラロさんが英国にやって来た約20年前もスペインの失業率は21.5%。英国は若いスペイン人失業者の受け皿となり、その後続く16年連続の経済成長の原動力にした。人とカネを吸い寄せることが英国経済を復活させる「魔法の杖」になっている。
著名投資家ジョージ・ソロス氏はEU脱退の動きに「そんなことをすれば英国から仕事がなくなるだけだ」と警告する。ウィリアム王子とキャサリン妃がボラロさんを採用した本当の理由は、5月の欧州議会選を前にファラージ党首の弁舌が熱を帯びる中、「欧州から離脱した英国は考えたくない」というささやかな抵抗の意思表示ではなかったかと筆者には思えるのだが。