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Mon, 24 September 2018

「The Financial Times」紙って、
一体どんな新聞なの? - 小林恭子

第1回まさかの買収劇と英メディア界の反応とは

FT フィナンシャル・タイムズ
FTの購読者の大部分は電子版のみを利用している

昨年の夏、東京はうだるような暑さが連日続きました。日本に一時帰国していた私が、夜になっても30度近くから一向に気温が下がらない一日を終え、午後11時過ぎに最後のメールをチェックしていた時のことです。メールには、驚くようなニュースが書かれていました。何でも、日本経済新聞社が、経済・金融紙としては世界最高峰の一つ「フィナンシャル・タイムズ(FT)」紙を含むFT グループを教育大手ピアソン社から買った、というのです。メールはあるビジネス・サイトの編集長からで、「朝までに短くていいから原稿を送ってほしい」というものでした。

「日本の新聞が、英国の新聞を買った、しかもあのFTを……」。私はメールを何度も読み返しました。原稿を送ってからも、まだ信じられません。売却先としてはドイツの大手新聞社アクセル・シュプリンガーが有力と伝えられていましたし、言語も文化も英国内外の知名度も全く異なる日本の新聞社が英国の新聞を買うなんて、冗談でしょうという思いがありました。日本の新聞史上に残る前代未聞の出来事でした。

英国に住む人であれば、たとえ読んだことがなくても「見たことがある」とでも表現すべき新聞がFTですね。あのサーモン・ピンク色の新聞はどこの新聞陳列棚でも目立ちます。ほかに同じ色をした新聞がないので、付いたあだ名は「あのピンク色のやつ(ピンク・アン)」。金融街シティと一体化したイメージもある新聞です。

そんなFTが日本の新聞社に買われたことで、英国メディア界は驚愕し、騒然となりました。他の有力候補者が既報済みで、交渉はごく限られた関係者の間で進んだために突然の買収合意報道(2015年7月23日)となったからです。英国からすれば極東にある日本は、英国民にとって欧州他国や米国などに比べてやや心理的に遠い国です。漠とした不安感も広がりました。

外国資本による新聞の買収は英国では珍しくありません。3月末で電子版のみになる「インディペンデント」紙も2010年にロシアの富豪レべジェフ家に買われています。でも、英国の経済紙でかつ世界的にも著名なFTが外国企業の傘下に入ったことに、格別の寂しさを感じた人がいたようです。

それを声に出したのがリチャード・ランバート元編集長(在職1991~2001年)でした。日経への売却を好意的に評価しながらも、売却先が「英国企業でなかったことは残念」とBBC ラジオの番組「ワールド・トゥナイト」で述べています。またランバート氏の前の編集長のジェフリー・オーウェン氏(在職1981~90年)には個別に話を聞く機会がありました。日経への売却の感想を聞いてみると、「悪い要素よりも良い要素が多い」と自分に言い聞かせるように語ったことが忘れられません。「できれば、外国企業に売却されてほしくなかった」という思いが伝わってきました。

オーウェン氏はランバート氏らとの連名でFTの読者欄に投書を送り、「編集権の独立」を求めました。所有者が変われば、経営陣や編集方針が変わるだろうと思ったからです。一方の日経側は、日経とFTは2つの別の新聞であるから、変更はないと訴えました。今年3月現在で、懸念されたような方針変更は起きていないようです。

さて、日経が買収した「ピンク色のやつ」FTは、どんな新聞なのでしょうか。次回からその実態を見ていきましょう。

 
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小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi
フィナンシャル・タイムズの実力在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社) など。

「フィナンシャル・タイムズの実力」(洋泉社)
日本経済新聞社が1600億円で巨額買収した「フィナンシャル・タイムズ(FT)」とはどんな新聞なのか? いち早くデジタル版を成功させたFTの戦略とは? 目まぐるしい再編が進むメディアの新潮流を読み解く。本連載で触れた内容に加えて、FTに関するあらゆることが分かりやすく解説されている一冊。

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