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日経電子版Pro
Mon, 01 March 2021

木村正人の英国ニュースの行間を読め!



英国メディアはどうしてEU を悪く報じるのか

どうして英国メディアは高級紙も大衆紙もこぞって、欧州連合(EU)のことを必要以上に悪く報じるのか。先日、ロンドンで開かれたカンファレンス「欧州の伝え方: 英国メディアとEU」に参加して、考えさせられた。日本でも歴史・領土問題で韓国や中国を悪く報じるメディアがある。ロシアのプーチン大統領がプロパガンダ・ツールとして使う国営国際放送RT(旧ロシア・トゥデイ)の欧米の報じ方と、英国メディアのEUの伝え方を見ていると共通点がある。とにかく悪い話を書きまくり、良い話や伝えなければならない話は完全に黙殺してしまうのだ。悪い話を針小棒大(しんしょうぼうだい)に伝えるのがマス・メディアの習性と言っても過言ではない。しかしその代償は時に計り知れないほど大きくなる。

理屈抜きで反応してしまうニュースがどの国にもある。筆者が産経新聞時代に大阪社会部のベテラン・デスクからたたきこまれたニュースの3要素は「オンナ」「子供」「動物」だ。当時、日本は高度成長を終え、安定成長に入っていた。今や先進国の成長に限界が見え、「貧しさ」や「怒り」「嫌悪」「不安」「屈辱」がニュースの原動力になっている。英国で無条件に読まれるニュースは「英国は孤立している」「英国は置いてけぼりにされている」という文脈だとBBCのロビンソン前政治部長は別の討論会で解説していた。島国根性は日本だけでなく、英国にも根強い。

 

EUのニュースはとにかく分かりにくい。組織や手続きが複雑で、記事の中で説明しようとすればするほど迷路に入り込んでしまう。しかも最高意思決定機関・EU首脳会議の常任議長を務めるトゥスクEU大統領も、行政執行機関・欧州委員会のユンケル委員長も、欧州議会のシュルツ議長も進行役や調整役に過ぎず、ニュースの主役としては軽量級過ぎる。だからEUではなく、ドイツのメルケル首相やギリシャのチプラス首相、英国のキャメロン首相を軸に記事は書かれる。で、EUを担当する英国メディアのブリュッセル特派員は何をするかと言えば、EUと英国の対立をあおり、EUの官僚主義や肥大化をたたく記事を書く。単純化し誇張して書かないとロンドンのデスクには使ってもらえない。

英国の新聞は、経済に強い「フィナンシャル・タイムズ」紙、「エコノミスト」誌から、欧州懐疑派の「デーリー・メール」紙、「デーリー・テレグラフ」紙、労働党支持の「ガーディアン」紙までと非常に幅広い。報道と言論の多様性は一応、保たれているが、通信社の焼き直し記事が多い上、時代はインターネットやソーシャル・メディアの全盛期。フェイスブックの「いいね!」やツイッターのリツイートを通じ、よりバイアスがかかった情報が倍々ゲームで読者を増やしながら無秩序に拡散する。刺激的で極端なニュースだけが拾い上げられて読まれるのだ。

 

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのヒックス教授は2014年の欧州議会選と連動した初の欧州委員長選びについての報道を詳細に調べた。ドイツでは1週間に委員長候補の名前に言及した記事がのべ1799本もあったが、英国は78本。英国で各候補のTV討論を観た割合は7%弱、候補の名前を1人でも挙げることができたのはわずか約1%という有様だった。しかしキャメロン首相が連邦主義者のユンケル委員長誕生阻止に動いたとたん、英国メディアが「ユンケル」という名に言及する回数が急激に増えていた。「キャメロン対ユンケル」「英国の主権VS連邦主義」という対立構図が作り上げられたからだ。

もしEUという欧州統合プロジェクトが第二次大戦の廃墟から始まっていなかったら、英国がEUの前身である欧州経済共同体(EEC)に入っていなかったら、英国の今の繁栄と賑わいがあっただろうか。EU離脱を問う国民投票を控え、英国のメディアも読者も頭を冷やして考えてみる必要がある。「それにしても」とEU英国事務所の広報部長がため息をつく。「能力不足と腐敗のためEUが国際援助で115億ポンドの無駄遣い」(「サンデー・タイムズ」紙)、「英国の洪水被害はEUのため悪化」(「デーリー・メール」紙)と悪意に満ちた報道が氾濫している。英国事務所はウェブページでその一つひとつに丁寧に反論しているが、止まる気配は一向にない。

「英国ニュースの行間を読め!」は本稿が最終回となります。ご愛読いただき、誠にありがとうございました。(編集部)

 

新聞のデジタル化
「ガーディアン・アンリミテッド」の終焉

世界の先頭に立って新聞のデジタル化を進めてきた「ガーディアン」紙(日曜紙は「オブザーバー」)が今後3年間で予算を20%(5400万ポンド)削減して、黒字化を目指す方針を発表した。同紙はいち早く「ガーディアン・アンリミテッド」と銘打ち、無料ですべての記事や写真、映像のコンテンツを閲覧できるオープン・ポリシーを掲げてきた。その看板戦略と決別し、月5~60ポンドのメンバーシップ制を導入するというのだから、かなり大きな衝撃を受けた。新聞のデジタル化をめぐっては「メディアの帝王」ルパート・マードック氏傘下の「タイムズ」紙が2010年6月から「ペイ・ウォール」を導入して有料化に踏み切り、黒字化に成功している。

 

産経新聞時代に社長秘書をした筆者は首都圏の夕刊廃止、新聞のデジタル化という核心戦略にかかわった。特にデジタル化では2007年にプロジェクト・マネージャーを務め、在英メディア・ジャーナリストの小林恭子さんのアドバイスを受け、「ガーディアン」紙のオープン・ポリシーを採用した。社内の猛反対を説得するプレゼンテーションも担当した。その後、ロンドンに赴任して12年に独立し、現在はインターネットを中心に執筆活動を続けている。デジタルの世界はまさに日進月歩だが、ようやく新聞のデジタル化にも大きな方向性が見えてきた印象が強い。

紙の新聞の販売・広告収入を食いつぶす形でデジタル化に対応してきた新聞社だが、今回の「ガーディアン」紙の方針転換は、もはやそれが限界に達したことを明確に物語っている。

無料で良質のコンテンツを提供し続けるのは無理がある。原稿の書き手からすると、収入を確保できないと十分な取材ができず、良い記事は書けない。時代が変わっても「コンテンツが王様」という大原則は変わらない。しかし従来通りの手法で書かれた記事は読まれなくなった。新聞を「情報の百貨店」に例えると、媒体として流通を独占している間は良かったが、インターネットの発達でその優位性は完全に失われた。新聞が提供する情報の希少性はなくなり、品ぞろえは豊富だが欲しい読みものが見つからない「情報の百貨店」は集客力を失った。

 

インターネット時代の情報発信には「拡散」「収益」「コンテンツ」を考える必要がある。新聞社だけでこうした問題を解決できなかったことをガーディアン・モデルの敗北は教えてくれる。紙の購読者が減少する中で、「ガーディアン」紙は広告収入も落ち込み1億ポンド以上の損失を出した。同紙はラスブリッジャー前編集長時代にマードック氏の日曜紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」(廃刊)の組織的盗聴事件、告発サイト「ウィキリークス」が入手したアフガニスタン・イラク駐留米軍文書と米外交公電、米国家安全保障局(NSA)や英政府通信本部(GCHQ)の市民監視プログラムを暴露したスノーデン・ファイルを連続スクープし、黄金期を築いた。主張は左寄りだが、コンテンツは非の打ちどころがないほど充実している。しかし「拡散」「収益」という面で新聞社がグーグルやフェイスブック、アマゾンといったネット企業に勝つのは難しくなった。記者に記事は書けてもプログラムは書けない。

日経新聞は「フィナンシャル・タイムズ」紙を1600億円で買収。いずれも経済紙で「情報の百貨店」というよりは「情報の専門店」である。日本国内のデジタル読者を増やし、アジア・マーケットに食い込めるかが勝負の分かれ目になる。だが、どれだけデジタル化にオカネをつぎ込めるのだろう。アマゾンのジェフ・ベゾス最高経営責任者(CEO)は伝統ある米紙「ワシントン・ポスト」を買収、「拡散」と「収益」はネット企業が引き受け、コンテンツは新聞の編集局がデジタル・スタッフと一緒になって展開する新境地を切り開いた。「ワシントン・ポスト」紙はアマゾンの悪い話は書けないという欠点があるが、大きな可能性を示している。

筆者は「タイムズ」紙電子版の有料読者だが、記事というより、映画や劇場、トーク・ショーやレストランの割引サービスの方が魅力的だ。日本の新聞社が洗剤やトイレットペーパー、プロ野球の入場券、液晶テレビまで使って販売部数の維持に必死になる姿と似ていなくもない。

 

コービン党首が終わらなければ、労働党の終わりが始まる

第二次大戦下の宰相ウィンストン・チャーチルは1942年、エル・アラメイン(エジプト)の戦いで英軍がドイツ軍を撃破したのに際して、こう演説した。「これは終わりではない。これは終わりの始まりですらない。が、恐らく始まりの終わりなのかもしれない(Now this is not the end. It is not even the beginning of the end. But it is, perhaps, the end of the beginning)」。それまで英軍が勝利を収めることはなかったが、この戦いを境にドイツ軍に敗北を喫することはなくなった。連合軍の勝利が約束されたわけではなかったが、流れが変わったことをチャーチルは雄弁に語ってみせたのである。

チャーチルの演説を最大野党・労働党の現状に当てはめるとどうなるか。労働党のジェレミー・コービン党首は30時間以上に及ぶ議論の末、1月5日に「影の内閣」の改造を行った。シリア空爆やトライデント・ミサイルによる核抑止政策をめぐって対立する影の内閣のメンバー2人をクビにし、影の国防相を降格。強硬左派のコービン氏は「レッド・ケン」と呼ばれる左派中の左派ケン・リビングストン前ロンドン市長を党国防レビュー(見直し)の共同議長に据え、トライデント反対で党内意見を取りまとめようとしている。コービン氏とは党首選の取材で会ったことがあるが、その柔らかな物腰とは裏腹に原理主義的な平和主義と反核を追求する強固な意志が浮き彫りになってきた。

 

英国のブレア首相と米国のブッシュ大統領(いずれも当時)が二人三脚で強行したイラク戦争が中東・北アフリカの混乱と過激派組織ISを生み落とした側面は否定できない。しかし国際テロ組織アルカイダは2001 年9月の米中枢同時テロ以前から存在していた。影の欧州担当閣外相のパット・マクファディン氏は、国際テロの原因を欧米の外交・安全保障政策の失敗だけに帰することはできないという正論を示したことが影響して解任された。トライデントを支持するマリア・イーグル影の国防相は反トライデント派に差し替えられた。ロシアのプーチン大統領が核兵器の使用さえチラつかせているというのに、とても正気の沙汰とは思えない。

英国は核保有国であり、国連安全保障理事会の常任理事国でもある。労働党と保守党の2大政党が長らく英国政治を支えてきた。コービン氏が個人的に理想を追求するのは結構だが、労働党が反核平和主義にカジを切ることは英国の外交・安保政策を硬直化させるだけでなく、国際社会にとっても大きなマイナスだ。しかし労働党ではリビングストン氏の下、英国は北大西洋条約機構(NATO)に留まるべきか否かが議論されている。そういうことを本気で議論するならば、第二次大戦の戦勝国として認められた常任理事国のポストを返上してからにしてほしい。

 

影の内閣改造の翌6日、影の外交担当閣外相のスティーブン・ドーティー氏がTVの生中継中に辞任を表明するなど3人が一斉に辞任した。人気ロック・シンガー、デービッド・ボウイの訃報が流れた11日にはキャサリン・マッキネル影の司法相が辞任した。ボウイのニュースがなければ、英メディアは労働党の内紛劇をもっとセンセーショナルに取り上げていただろう。4人の辞任は、強硬左派色をむき出しにしてきたコービン氏の改造への反動である。

野党時代の保守党党首を務めたウィリアム・ヘイグ前外相は「デーリー・テレグラフ」紙に影の内閣を改造する際の野党党首の心得を示している。①改造は反撃のスキを与えないよう夜遅く突然に行うなど奇襲が肝要だ、②有無を言わせず改造をやり遂げる、③更迭や解雇の理由を一々、公の場で説明しない、④引き抜き人事で反対勢力を分断し、勢力を弱める、⑤党内の穏健派や中間層を取り込んで結束を固める、⑥奇襲攻撃としての改造を行う力がない時は首をすくめて時を待つ、ことだそうだ。

ユートピア社会主義は有害な幻想に過ぎない。労働党は既に崩壊の危機に瀕している。5月の地方選、欧州連合(EU)残留・離脱を問う国民投票、トライデントの継続・廃止をめぐって労働党左派と穏健派、右派の対立が決定的になるのは避けられない。強硬左派のコービン党首を斬るしか労働党にとって生き残りの道はない。そうしなければ確実に労働党の終わりが始まるだろう。

 

EU残留・離脱の国民投票、あなたはどちらに賭ける

皆さん、新年あけましておめでとうございます。クリスマスとお正月は楽しく過ごされましたか。

クリスマス翌日の12月26日は「ボクシング・デー」と呼ばれているが、2200万人が街に繰り出し、37億4000万ポンド(約6670億円)の買い物を楽しんだとみられる。かくいう私も出張用のカメラ・バッグとGoProの装着用カメラを買い込み、妻から「また買ったの?」と叱られてしまった。

新聞社の支局長としてロンドンに赴任し、その後、独立して8年半が経つ。2008年のリーマン・ショックで英国の景気とポンドの通貨価値は大幅に下がったが、国内総生産(GDP)の年間成長率が2%を超えるなど英国経済は表面上、元気を取り戻したかに見える。しかし、英中央銀行・イングランド銀行は昨年中に利上げに踏み切らなかった。賃上げペースが弱く、原油価格の下落や財政再建の影響でインフレ率がゼロ%を少し上回る程度だからだ。「フィナンシャル・タイムズ」紙は新年もイングランド銀行は利上げを見送ると予想している。住宅ローンを抱える人には、とても気になるニュースだろう。しかし、上昇する不動産価格と雨後の筍のごとく増える不動産屋を見ていると、また、いつバブルが弾けるかと不安にならざるを得ない。

 

それより心配なのは、早ければ今年6月にも実施される、欧州連合(EU)残留・離脱を問う国民投票だ。日本人の目から見ると馬鹿げているとしか思えないのに、どうしてEUから離脱した方が良いと思う人が英国には多いのか。離脱を唱える人たちの動機は本当に様々だ。

まず、英国伝統の「議会主権」を損なうからだという、保守党内に根強い意見が挙げられる。

英国は「国民主権」というより、有権者に選ばれた議会に絶対的な権限を認めてきた。このシステムの下、2つの大戦と冷戦を勝ち抜いた英国は、EUの本部があるブリュッセルに意思決定の権限を奪われるのを本能的に嫌がっているのだ。

1991年から2014年にかけ、英国にやって来た移民は、差し引きで397万9000人(オックスフォード大学などの調査)。EU拡大によって移民が英国に流れ込み、自分の居場所や取り分が奪われたと感じる高齢者や単純労働者が増えた。外国資本、外国人選手、外国人監督を受け入れたことでリーグは活況を呈しているものの英国人の出番は明らかに少なくなっている、サッカーのイングランド・プレミア・リーグと同様だ。世界金融危機で財政が逼迫(ひっぱく)し、移民に対して社会保障や年金の恩恵を与える気持ちの余裕がなくなっている。

また、シリアやアフガニスタンの難民が大量に欧州に押し寄せ、130人が死亡したパリ同時多発テロで、イスラム系移民に対する潜在的な恐怖心が再び頭をもたげ始めている。

単一通貨ユーロ圏の年間成長率は1.6%で、英国を0.5ポイントも下回っている。先の大戦後、平和と繁栄をもたらしたEUというシステムは今や「低成長」という軛(くびき)に変わってしまった。融通の利かないEUの金融規制に縛られると国際金融街シティの競争力が落ち、HSBCのように本社をロンドンから別の場所に移すことを検討する金融機関が出てくるかもしれない。

 

こうした状況を背景に、キャメロン首相は国民投票というギャンブルに打って出た。英国がEUを飛び出せば、米国も日本も中国も相手にしない。そればかりか英国の地方の一つであるスコットランドにも見捨てられてしまうだろう。EUを離脱した場合、GDPは2030年時点で残留した場合より2.2%も小さくなる恐れがあるという。キャメロン首相もEUから出たいわけではない。保守党内の強硬派と、EU離脱と移民規制を唱えて支持率を上げた英国独立党(UKIP)を抑えるために、国民投票という大芝居を打った。ハイリスク・ノーリターンの博打というわけだ。

EU離脱に賭ける人はどうかしていると言わざるを得ない。しかし人間は時に理性ではなく感情で動く動物だ。欧州経済は回復基調に乗ってきてはいるが、投票日直前の大規模テロでパニックが起きたり、難民問題がさらに深刻化したりした場合、賽(さい)の目がどう出るかは誰にも予想できない。

 

 

テロに怯えず、イスラム社会と心の距離を縮めよう

ロンドンの地下鉄レイトンストーン駅構内で5日午後7時ごろ、29歳の男が「これはシリアのためだ」と叫びながら刃物を振り回し、乗降客2人に重軽傷を負わせた。駆けつけた警官がスタンガンを使って男を取り押さえたが、52人の犠牲者を出した2005年の地下鉄・バス同時多発テロの恐怖をよみがえらせた。事件翌日の日曜日、駅改札には警官4人が立っていた。周辺のハイストリートではクリスマス用の電飾がまぶしく輝く。大半の人は忙しそうに行き過ぎる。

ロンドンで2週間にわたって罪に問わないことを条件に違法に所持する銃の放棄を呼び掛けたところ、旧ソ連製の自動小銃AK-47(カラシニコフ)を含む25丁もの銃が回収された。もしパリと同じように自動小銃や自爆ベストを使った犯行だったらと想像するだけでもゾッとする。

英国ではキャメロン政権が過激派組織IS空爆をイラク領からシリア領に拡大したばかりだ。家族の話では、男は奇妙なことを口走るようになっていたが、ロンドン警視庁は事件後すぐに「テロ事件として取り扱う」と発表した。欧米各国はイスラム系移民の若者がシリアやイラクに渡ってISに参加するのを防ぐため、出国管理を強化している。対抗策としてISは欧米で増殖するシンパに対し、それぞれの国に留まり、色々な手段で無差別テロを実行するよう呼び掛けている。

ロシア旅客機爆破、130人の犠牲者を出したパリ同時多発テロに続いて、米カリフォルニア州の公立障害者支援施設でも銃乱射事件が起きた。容疑者夫婦の自宅から約5000発の銃弾やパイプ爆弾などが発見され、オバマ米大統領は「容疑者がテロ組織から指示を受けた証拠はないものの、テロの脅威は新たな段階に入った」と宣言した。IS空爆に参加する国は、自国でテロの現実に直面している。

 

ISの組織形態・指揮系統は、2001年の米中枢同時テロで世界を震撼させた国際テロ組織アルカイダと異なり、融通無碍(ゆうずうむげ)だ。反政府軍、ゲリラ、テロリストと、アメーバのように自在に形を変え、インターネットを通じてあらゆるところで無秩序に増殖する。米国家安全保障局(NSA)や英政府通信本部(GCHQ)の監視プログラムをもってしても、突如として行動を起こす「ローン・ウルフ(一匹狼)」まで監視下に置くのは不可能だ。ロンドンのような国際都市で暮らす私たちはいつテロに遭うか分からないリスクに囲まれている。

運動不足の解消も兼ね、筆者はできるだけ歩いて取材先に出掛けている。地下鉄やバスに乗る時は周りをよく見て、本や新聞は読まない。インターネットを通じた過激化の広がりを研究しているキングス・カレッジ・ロンドンの過激化・政治暴力研究国際センター(ICSR)で開かれた会合に参加した際も、「このセンターがいつテロのターゲットにされてもおかしくない」という話が出た。それが私たちを取り巻く現実である。

 

中東の民主化運動「アラブの春」を発火点に2011年に勃発したシリア内戦の死者は25万人を突破し、難民・避難民は1200万人に達した。シリアのアサド大統領の去就をめぐり米国・サウジアラビア・トルコとロシア・イランが対立し、内戦は悪化のスパイラルから抜け出せなくなり、シリアはISやアルカイダの温床と化してしまった。ソマリアやリビア、イエメンでも統治の手が及ばない危険な「無主地」が広がっている。だが、今年に入って11月までにドイツで難民認定を申請した人が96万人を超えたことからも分かるように、大半の人々は混乱ではなく平和で安定した暮らしを求めている。その意味で私たちはテロリストに対して完全に勝利している。

テロの脅威が強調される米国でさえ、テロで死ぬ確率は交通事故や殺人事件に遭って命を失うリスクよりも低い。実は浴槽で溺死する確率より低いのだ。しかし、パリ同時多発テロを受けたフランス地方選の第1回投票で、移民排斥や反イスラム主義を掲げる極右政党・国民戦線が仏本土13地域圏のうち6地域圏で首位を走るなど、大躍進した。フランスや米国では次期大統領選をにらんで強硬な論調が目立つ。本当に必要なのはこうした過剰反応ではなく、イスラム社会との相互理解を深め、互いに敬意を持って付き合える関係の構築だ。

 

 
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木村正人氏木村正人(きむら・まさと)
在英国際ジャーナリスト。大阪府警キャップなど産経新聞で16年間、事件記者。元ロンドン支局長。元慶応大法科大学院非常勤講師(憲法)。2002~03年米コロンビア大東アジア研究所客員研究員。著書に「EU崩壊」「見えない世界戦争」。
ブログ: 木村正人のロンドンでつぶやいたろう
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